第39話 駿河湾は俺が守る!

 やっぱ許せねえ。絶対に成敗してやる。


 俺がこの世で一番憎んでいる相手――それがメガロドンだ。

 去年、駿河湾にメガロドンが姿を現すようになってからというもの、俺の中の沸々とした怒りは限界突破したままだ。あいつのせいで戸部漁協所属の大型漁船が網ごと引きずられ、数百万円の損害を出した事件もあったし、俺自身も撮影中に危うく巻き込まれかけた。


 沼津全体の漁獲量もいまだに出現前の半分ほどしか戻っていない。メガロドンのせいで多くの漁師が小型漁船を手放し、俺の釣り用の小舟だって騒動以来一度も港の外に出ていない。

 日本だけでなく世界中の漁業を大混乱に陥れている。特に熱帯の海は危険地帯になっている。

 いくつかの国の軍隊が血眼でメガロドンを探しているが、駆除されたという話は聞かない。


 だからこそ――この『メガロドン釣りバージョン2』を決行する。

 胸に抱えたハナが、短く「ニャッ」と鳴いた。まるで「やっちまえ」と同意しているみたいだ。

 ……実際には「飯をくれ」と鳴いているだけなんだけど。


 前回の挑戦では、餌には食いつかせたものの針が小さすぎて取れてしまい、ボウズで撤退する羽目になった。二度と同じミスはしない。

 今回は特注の巨大針に、埋め込み式のアンカー、そして業務用の電動巻き上げ機を準備した。ガチだ。本気でメガロドンを釣りに行く。


 しかも今回は、俺のチャンネル初の「案件動画」でもある。提供は沼津水族館と山本鮮魚店だ。


 沼津水族館には、以前俺が巨大アンモナイトを捨て値であげたことがあり、今回の機材費を数百万円ほど出してもらえることになった。メガロドンの死体が釣れたら丸ごと寄贈する予定だ。世界初のメガロドン駆除例になれば、展示物としての価値はとんでもないはずだし――重さ100トン近いメガロドンの巨体の処理が地獄だとか、まぁ知らん。


 山本鮮魚店からは餌を提供してもらう。ここの店主がこの前のフェブラリーSで大負けした秘密を俺は握っている。奥さんにバラされたくなければ協力してもらうしかない。ふふふ……。


 今回の釣り場は、西伊豆にある俺の私有地だ。

 YouTubeの収益で海沿いの土地を買い、メガロドン釣り拠点を作ったわけだな。

 その岩場に超巨大なケミカルアンカーを打ち込んだ。工事現場で使うようなガチの代物で、それを土台に常設の「超巨大魚専用・固定式釣り竿」を作り上げた。

 前回の反省をフル活用し、20t電動ウィンチで鋼鉄ロープを巻き取る構造にした。発電機の音も操作音もエグい。初めて試運転したとき、ハナが耳を伏せて逃げたくらいだ。


 メガロドンは最大25m、重さ100tあると報道されている。しかし、水中では浮力が働くため、実際に必要な牽引力は10tほどで十分だという。

 この計算は、人間計算機こと高専生の亮太に頼んだ。

 あいつは一晩でメガロドンの体積推定から浮力計算、ロープ強度まで全部やってきた。間違いないだろう。


 釣り場には作業小屋も建てた。

 建築中、職人さん達がハナを気に入りすぎて、いつの間にか壁にでっかいハナの顔を描いてくれていた。まるで看板猫が俺を見下ろしているようだ。

 今日、この場所で世界初のメガロドン駆除計画が始まる。


「ミナトくん、金出していて言うのもなんですが正気ですか?」


 作業小屋の机でノートPCを打っているのは沼津水族館の菖蒲谷館長だ。

 机の上には書類の束やアンモナイトの写真が無造作に貼られ、館長が何かしら研究を進めているのが分かる。

 館長は画面をにらんだまま、半分あきれたように俺へ視線を向けた。


 どうやら俺がメガロドンを釣れるとは一ミリも思っていないらしい。アンモナイトバブルで金が余りすぎて税金対策に悩んでいるから、寄付がてら金を出してくれたんだろう――と俺は踏んでいる。

 前のメガロドン釣り動画を見ていないんだな。アレを見ていれば、実現不可能なんて口が裂けても言えないはずだ。


 釣ったメガロドンの死体を処理してね!と言った時も、館長はハイハイと舐め腐った返事しかしなかった。

 だから今回はしっかり書面を作って署名ももらってある。後悔させてやるぜ。

 でも協賛して金を出してくれたのはありがとな。


「ニャン……」


 俺の膝の上にハナが乗り、肩を揺さぶってくる。顔にハナのヒゲが当たっていて、相変わらず距離感がおかしい。

 小屋の中には魚の匂いがほんのりしており、それもあってハナのテンションが少し高いのかもしれない。

 

「今日もハナはかわいいね!」

「ニャ!」


 褒めると嬉しそうに喉を鳴らすが、この声色は空腹サインでもある。少しすると、案の定、再び肩を揺さぶって強請ってきた。


 俺は膝の上のハナにトロボッチを食べさせてやる。三匹をまとめて咥えると、小屋の隅へ移動して、餌を守りながら食べ始めた。

 その様子を横目で見ていた館長が、苦笑しながら話しかけてきた。


「アオメエソが大好物な猫って贅沢ですね。そんなに安い魚ではないですけど……」


 アオメエソというのはトロボッチの標準和名だ。

 ハナは毎日10匹はトロボッチを食べるので、食費もバカにならない。漁港近くにいた頃はほとんど貰い物で済んだが、今は市内マンション暮らしなので出費が嵩む。


「ハナはグルメ猫なんだよな!」

「ニャン!」


 ハナが尻尾を振りながら自慢げに鳴く。かわいい。

 YouTube収益のおかげで俺は一生働かなくてもいい額を稼いでいる。主にヌマズサウルスとハナのおかげだ。

 俺はヌマズサウルスネタを擦りに擦って『ヌマズサウルスYouTuber』として生きている。

 普通の釣り動画や料理動画はあまり伸びなくて悲しい。せっかく撮影スタジオを作ったのにな……。


 その時、小屋の外が騒がしくなり、砂利を踏む音が聞こえた。エンジン音も近づいている。

 どうやら、用意していた餌が到着したらしい。


「おーい、ミナトー! 頼まれてたの持って来たぞー!」


 やって来たのはギャンブル狂いの鮮魚屋だ。昨日も早朝からパチンコ屋の新装開店に並んでいるところを近所の人に見られて奥さんに怒られたらしい。


「今日は何持って来てくれたの?」

「巨大なシイラを入手できたぞ! まだ半解凍だから注意しろよ」


 鮮魚屋が得意げに荷台を開けると、巨大なシイラが二匹、それにでっかいウツボも転がっていた。氷の匂いと潮の匂いが小屋の中に流れ込む。


「これはドクウツボ?」

「そうそう、最近は温暖化の影響で静岡でもちょくちょく水揚げされるんだよなぁ」


 この辺りには食べる文化がないから、基本的に捨てられるという。

 ドクウツボという名前だが、食べられないことはない。食べてるモノによっては毒が出ることがある、というだけで、沖縄や台湾では普通に食用になっている。

 本土でも高知では食べる文化があるらしい。まあ、高知県民はどんな魚でも食べる文化があるから参考にはならないけど。


「ニャ……」


 シイラを見てヨダレを垂らし、目をキラキラさせているハナ。お前、さっき飯食ったばっかだろ。


 俺は針を取り出し、シイラに背掛けで針を掛ける。前回の失敗を思い出しながら、絶対に抜けないように慎重に作業する。

 館長が興味深そうに身を乗り出してくる。


「見たことがないようなでかい針ですね。特注ですか?」


「メガロドン用に発注したんですよ。市販されてる限界サイズの二倍。鋼鉄製でめちゃくちゃ重いやつです」


 本当は水中での使用を考えるとステンレスが望ましい。だが、特注でこのサイズをステンレスにするのは難しすぎたので鋼鉄製だ。

 針を掛けた餌を2m下の海面へと落とし、今回は前回の反省を活かし、水中ドローンで沖合まで運ばせる。


 前みたいに針が抜けるなんて絶対にさせない。俺は世界で初めてメガロドンを退治するんだ。

 その決意とともに、前回船で遭遇したメガロドンの姿が思い浮かび、背筋がゾクッとした。

 これは武者震いだ。自分に言い聞かせる。


「ニャッ!」


 ハナが俺の頭の上に飛び乗り、まるで「行け」と言うように鳴いた。体温が頭に伝わり、気合がさらに入る。

 俺は拳を握りしめ、遠くの海を睨む。


 俺は愛する駿河湾を守る。

 来い、メガロドン!

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