第21話 現場検証するミナトくん
翌日、俺は現場検証に立ち会っていた。
朝の琵琶湖は風が冷たく、波が荒い。現場には報道陣と警察車両が並び、頭上をヘリが低く旋回していた。
昨日あの怪物と向き合った場所が、いまや黄色いテープと銃を抱えた男たちに囲まれている。
スピノサウルスは今、湖南の方で暴れているらしい。
あっちはブラックバスの多いエリアだ。やつにとっては食べ放題の湖だろう。
あれ以来人的被害が出ていないのは幸いだ。
俺が映像をテレビ局に渡したおかげで、昨日のうちに漁師たちは全員避難している。
とはいえ、朝のニュースで見た琵琶湖は、まるで台風の後のようだった。定置網が裂かれ、船が転覆している。
現地調査は、南岸でスピノサウルスの目撃が確認されてから始まった。
遠くに警察のヘリが巡回して警戒しているのが見える。
調査のリスクはゼロではないが、足跡や血痕のように風化しやすい証拠が多く、早めの調査が必要だった。
現場の湖畔には、兵士のように武装した重装備の警察官たちが展開していた。
狙撃銃や短機関銃を構え、調査団を護衛している。
常に湖面の方を警戒していて、ヘルメット越しの無線が絶えず鳴っていた。
あれだけの武装をしているなら、安心して調査できるな。
「ここで釣りをしてたら、スピノサウルスが現れて……」
そう警察官に説明する俺の横で、調査団が巨大な足跡に石膏を流し込んでいた。
その中には沼津水族館の菖蒲谷館長もいた。
忙しそうだったので、手を挙げて軽く挨拶だけを済ませる。
結局、俺が言えることといえば「釣りをしていたら突然怪物が現れました」くらいだ。
それ以上はどうにも説明のしようがない。
すぐに出番がなくなり、現場の隅っこで待機することになった。
ハナと遊んでいると、館長が近づいてきた。半年ぶりに見る顔だ。
アンモナイトの繁殖が成功したらしく、最近は家まで押しかけてこなくなった。
そんな彼が、以前と変わらぬ笑顔で声をかけてくる。
「ミナトくんは、やっぱりトラブルメーカーですね!」
トラブルメーカーとは酷い扱いだ。俺も被害者だというのに。
館長はヌマズサウルスの専門家として全国に名を知られている。気になっていたことを聞いてみた。
「今回の怪物はスピノサウルスなんですか?」
「映像や足跡の形状から判断して、少なくともその仲間で間違いないでしょう」
ヌマズサウルスに続いて、最近は本当にどうなっているんでしょうね――と、なぜか嬉しそうにぼやく館長。
館長は説明を始めた。スピノサウルスは謎の多い恐竜だという。
最初にモロッコで見つかった標本は、第二次大戦中のミュンヘン空襲で失われた。
九〇年代にようやく再発掘されるまで、その姿も生態も謎のままだったという。
骨密度は異常に高く、カバやワニ並み。潜水に適した構造を持っていることがわかっている。
「水棲の生き物は、浮力の関係で骨が極端に軽いか、逆に重いかどちらかなんですよ。ヌマズサウルスは軽いほう、対してスピノサウルスは――」
この人はこうなると話が止まらない。
俺は聞き流しながら、湖面を見つめていた。
スピノサウルスは、なぜ現れたのだろう。
テレビのコメンテーターは、一連の事態は環境破壊を続ける人類に対する地球からの警告だという。
だが、ヌマズサウルスやアンモナイトは人間に敵対的なようには思えない。俺はその説に懐疑的だった。
少なくとも、スピノサウルスは人間に対して敵対的で、確実に脅威になる。
滋賀県と県警は、災害対策基本法に基づく「未確認巨大生物の駆除作戦」の実施を決定していた。
……猪を倒すのも猟友会頼りの警察がどうやって駆除するのかは不明だが。
短期的に見れば、滋賀県は駿河湾よりも深刻な状況だ。
すでに五人の犠牲が出ており、漁業も全面停止中。
湖畔の道路は警察車両で封鎖され、報道陣すら近づけない。
個人的には湖畔の道路を封鎖するのはやりすぎな気もする。
あの恐竜が好んで陸を歩くとは思えない。餌を探して一時的に上がっただけだろう。
とはいえ地上で被害が出ている以上、そうするしかないかもしれない。――そう思っていた、その矢先のことだった。
湖面の向こうで、水が不自然に揺れた。
光の反射の中に、黒い影が浮かぶ。
……あれは、帆か?
血の気が引いた。警察の監視は何をしている。
隣にいた館長の声が、急に遠く聞こえる。
「……つまり、同じ竜盤類獣脚類でして――鳥は現代に生き残った恐竜なんです。……ミナトくん、どうしました?」
気づけば、俺はハナを抱き上げていた。
「ニャッ?」
状況をまるで理解していない鳴き声が、胸のあたりで響いた。
その声で現実に戻った。喉が乾いて、声が裏返る。
「み、皆さん、逃げてください! スピノサウルスが近づいてます!」
反射的に叫んだ。
その声に周囲の空気がざわめく。
調査員たちが顔を上げ、誰かが「は?」と呟く。
次の瞬間、全員が一斉に階段へ走り出した。
足音と無線の声が重なり、現場が混乱に包まれていく。
俺はアクションカムの録画ボタンを押した。
ハナが腕から飛び出し、自分の足で斜面を登っていく。
その白い尻尾を見失わないように、俺も必死で駆け上がった。
ガガガガガッ――!
銃声。
振り返ると、重装備の警察官が湖に向かって短機関銃を連射している。
だが、水しぶきが跳ねるばかりで、怪物には届かない。
スピノサウルスが浅瀬に体を押し出した。
半分水に浸かったまま、帆のような背びれが陽光を受けて輝く。
餌を探すように首を振り、ついに警官を見つけた。
「グゥォォォォ……ギュラァァァァァ!!!」
咆哮。
鼓膜が割れそうなほどの重低音が地面を震わせた。
階段の方では、群衆が押し合って転倒している。悲鳴が重なり、地獄のような光景だった。
スピノサウルスが機関銃を乱射する隊員に迫る。
弾は当たっているのに、効いている気配がない。
バンッ!
狙撃手が放ったライフルの弾が頭部に命中した。
だが、怪物はわずかにのけぞっただけだ。
怒りが増したように、警官へと突進する。
隣にいる館長が警官に向かって叫んだ。
「頭蓋骨に撃っても無駄です! 体を狙ってください!」
館長が「奴の頭蓋骨の強度は鉄板並です!」と続けた直後、スピノサウルスの右腕の付け根が裂け、血が吹き出した。
スピノサウルスの悲鳴が響き、巨体がのけ反り、湖面へ退いた。
ライフルが火を噴くたび、スピノサウルスは怒号のような咆哮を上げて後退する。
しかし致命傷には遠い。やがてスピノサウルスは湖面に沈んでいった。
一度水に逃げ込まれれば、銃はもう無力だ。
「短機関銃のMP5は論外としても……M1500でも倒せませんか。あれ、一応狩猟用なんですがね」
館長が独り言のように呟く。
俺が意味を尋ねるより早く、彼は淡々と結論を口にした
「警察の特殊部隊が持つ武器でも、駆除は難しいでしょう。自衛隊を出すしかありません」
あんなに頼りがいのありそうに見えた警官たちだが、スピノサウルス相手には火力不足らしい。
警官たちが湖畔に集まり、何かを話している。
調査の続行は中止となり、俺たちは現場から退去させられた。
近くのコンビニの駐車場で、俺はアクションカムを確認した。
映っている――完璧だ。
これはスクープ。間違いなく今までで一番バズる動画を作れるだろう。
なぜか俺についてきている館長が、楽しそうにしていた。
「ミナトくんといると退屈しませんね……」
……いや、俺は完全に巻き込まれてるだけなんですけど。
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