第8話 撮影リベンジ

 『迷惑電話三人衆』を船に乗せたあと、俺はバケツを何個も積み込んでいった。

 バケツには氷で冷やされた水産物が入っており、どれも新鮮そのものだ。

 これは首長竜をおびき寄せるために用意した餌である。


 バケツの中を覗いた水族館の菖蒲谷館長が、頼んでもいないのに解説を始めた。職業病だろうか。


「これはハダカイワシの仲間のイワハダカ。こっちはスジダラ、こっちは深海イカの一種のユウレイイカですね」


 バケツの中身はバラバラだが、いずれも人間にとって利用価値のない『未利用魚』だ。

 これらはサクラエビ漁やトロール漁の際に混獲される、いわばゴミのような扱いを受ける魚たちである。


 特にハダカイワシは、地球上でもっとも資源量が多いとされる魚だ。サクラエビ漁で大量に混獲されるが、この辺りでは食べる文化がまったくないため、たいていそのまま廃棄される。


 昨日の夜、知り合いの漁師たちに頼んでおいたら、50キロほどの未利用魚が集まった。

 一銭にもならない魚をわざわざ氷で冷やして取っておいてくれるなんて優しすぎる。

 この漁村には若者が少ないので、みんな俺を猫可愛がりしてくれるのだ。

 多すぎたから、「こんなにいらねー」とはとても言い出せる雰囲気ではなかった。


 朝、海竜の目撃情報があった場所に三人を連れていき、エンジンを止めた。

「ちょっとここで待っててくださいねー」

「待つって、何を……?」


 ようやく手が空いたところで、俺は三人衆に動画の企画を説明した。

 あの首長竜の証人になってほしいのだ。


「ああ、あの噂になってるUMAですか」

「本当にいるんすかね」

「それよりウチの研究室にアンモナイトの寄付を……」


 同時にしゃべらないでほしい…。

 三人とも噂くらいは聞いているらしいが、信じてはいないようだ。

 ウチの漁協では、エンジンを止めた船に首長竜が寄ってきたという体験談が既に何件も上がっている。

 ただ、他の漁協の漁師たちはこの場所に船を停めることがないため、あまり外に情報が広まっていないのかもしれない。


 待っている間に釣りをしておくことにした。餌は前回と同じ深海イカだ。

 三人衆はもともと顔見知りだったのだろう。ワイワイ騒ぎながら、置いてあった調理用具を手際よく使い、未利用魚の試食会を始めてしまった。

 三人の話を聞いていると、ハダカイワシは実はけっこう美味しいという。今まで食べようとすら思ったことがなかった。


 ただ、ハダカイワシにはバラムツと同じく、ワックスエステルという難消化性の脂が含まれることがあり、大量に食べるのは危険だ。

 そんな説明をしながら、館長はハダカイワシを三枚におろして次々に口へ運んでいた。

 前から思ってたけど、やっぱりこの人は相当なマッドだな。


 そんな時、竿のほうに反応があった。

 竿を引き上げると、餌だけが噛みちぎられている。

 餌をつけ直そうとしたとき、小さな鳴き声が聞こえた。


「キュイ……」


 おお、また来てるじゃないか。

 海面から顔を出し、首長竜が鳴き始めたので、持っていたイカを投げた。

 アクションカムをバッグから取り出し、撮影を始める。図体のわりに妙に人懐っこい。


「ほらほら、お前の好物のイカだぞー」


 三人衆はハダカイワシの食べ比べに夢中らしい。

 呼んでもなかなか来ないので、俺は大声を出さないよう注意しながら、餌やりを続けた。

 イカを夢中で食べる様子を撮影する。前に見たときより少し小さい気がするな……。


「うわっ!」


 突然、船の後尾から叫び声が上がった。

 見ると、水族館の菖蒲谷館長が立ち上がり、勢い余って海へ転落した。

 カメラを向けると、そっちにももう一匹、首長竜がいる。一瞬、館長が襲われるのではと焦ったが、まぁ大丈夫だろう。この首長竜達は、見た感じ魚食性だ。


「おお、お前も来たのかー!」


 この首長竜は、前に見た個体だと思う。

 館長を除く二人は目を見開いたままフリーズしていた。館長は海面でバタバタ暴れている。


 俺は船の船尾に回り、新しく来たヤツにイカを投げ与えた。

 もう一匹も俺のほうに移動してきて、二匹そろって仲良く並んでいる。大きさや模様が違うし、オスとメス、夫婦なのかもしれない。

 喧嘩する様子はまったくない。


「ほらほらー、魚もあげるね」

「ちょ、ちょっと、菖蒲谷館長を助けないと!」


 ライフジャケットを着ているから溺れはしないだろう。

 というか、あとの二人はただ慌てて手をばたつかせているだけなんだから、普通に助けに行けばいいのに。

 俺は動画を撮るのに忙しいんだ。


 俺が館長に手を伸ばすと、首長竜も館長のそばに近づいてきた。

 暴れる生き物が気になったのか、大きいほうの首長竜が鼻先で館長をつつく。


「ぎゃあー! 食われる!!」

「大丈夫っすよ、こいつら見るからに魚しか食わないし」


 叫ぶ館長を引き上げると、体を丸めて震えていた。

 そんな彼を放置して、俺は残りの二人に餌をあげるように提案する。


「駿河湾の巨大生物は存在したんだ……」

「だから最初からいるって言ってたじゃないですか」


 二匹の首長竜は投げられたイカや魚を次々と食べていく。

 顔は爬虫類そのもので表情は読み取りにくいが、動きはどこか満足げだ。


 やがて館長が小声でつぶやいた。

「当然、絶滅したはずだが……いや、しかし……」


 そう言うと、海の中に顔を突っ込み観察を始めた。

 さっきまで「食われる!」と騒いでいた人と同一人物とは思えない。


「全長は首だけで7メートルほどあるな。日本で化石が見つかっているフタバスズキリュウのような小型種ではなさそうだ」

「攻撃性は低そうですね。では私も見てみます」


 三人とも海に顔を突っ込んで観察を始めた。

 夢中で写真を撮ったり、記録を取ったりしている。


「ちょっと、撮るのはいいですけど、俺がYouTubeに上げるまで公表はナシでお願いしますね」

「この大きさはエラスモサウルス属だろうか」

「こんなに人懐っこいのに、目撃証言が最近までなかったのか……?」


 彼らは全然、俺の話を聞いていない。

 餌やりの手が止まったせいか、首長竜が催促するように船を軽く揺らしてきた。


「キュイ……キュイ……」


 この大きさなら、小さな船ぐらい転覆させるのも簡単だろう。

 慌てて餌やりを再開する。

 気づけば館長は海に入り、首長竜の首の皮膚を直接触っていた。一度濡れたから、もう開き直ったのだろう。


 俺は少し調べていたが、エラスモサウルスというのは長い首をぶつけて獲物を仕留めていたという説もあるらしい。

 つまり首は凶器だ。彼は怖くないんだろうか……。


 大量に用意した魚を半分ほど食べると、二匹の首長竜は満足したように海の底へと消えていった。

 思ったより少食だ。海棲爬虫類だからだろうか。変温動物は燃費がいい。


 三人衆は、いまだ興奮冷めやらぬ様子で口々に喋っていた。


「俺がYouTubeに上げるまでは公表しないでくださいね!」


 そう釘を刺したが、誰も聞いていない。


「あんな生物がいるなんて……国に保護政策を出してもらわないと!」

「サクラエビ漁の網にかかったら、船が転覆するかもしれない!」

「大学の海洋調査船を明日から総動員しよう!」


 はぁ……こいつら、会話してるように見えて、それぞれ勝手に喋ってるだけじゃないか。

 まあいい。証人も映像もそろった。あとは編集して上げるだけだ。

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