Sep.05.xxxx

最初の異変に気づいたのは数日後だった。

左の手首。皮膚に小さな違和感がある。


俺は検査室へ向かい、恐る恐る手袋を外す。

蚊に刺されたような小さな腫れが二、三点あった。痛みも、それほど酷いものではない。

少し痒いという程度だ。仕事中は手袋を常時しているからその影響で軽い湿疹が出たのだろう。


ホッとして、手袋をはめ直すと何事もなかったように仕事へ戻った。


──その日の深夜。

左手首の痛みで、眠りから引き剥がされた。

暗闇の中で確認すると、赤く腫れていた皮膚が裂け、

そこから、薄い桃色の蕾が顔を覗かせていた。

その強烈な痛みに、ベッドの上でただ悶絶する。

焼けつくような感覚が、骨の髄まで突き刺さった。

それ以降、痛みで動けない俺は個室に籠り、自らの経過を可能な限り記録した。

それは最後まで研究者であろうとする“悪あがき”……いや、“最後の努力”だった。


そして、ある朝。

その蕾は、音もなく開いた。


咲いた瞬間。それまでの痛みは嘘のように消えた。

胸の奥に、春の陽射しのようなあたたかさが満ちていくのを感じる。


花のやさしい香りと懐かしい夢を思い出すような、どこか遠い場所の匂いがした。


思考が、ふわりと浮かんでいく。

自分が誰なのかも、何をしていたのかも、

どうでもよくなっていく。


気づけば、両腕にも、背中にも、次々に花が咲いていた。

花が咲くたびに、身体が歓喜の音を立てる。


咲ききったその先に、何があるのか

疑問はあった。


しかし、そこに恐怖はなかった。

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