千年ぶりに目覚めた最強吸血鬼、文明が発展しすぎて何もわからないので、とりあえずトマトジュース飲んでおきます。

Ruka

第1話

ふぁ……。

なんだかとってもよく寝た気がしますです。

どれくらい眠ったのでしょうか。ゆうべ肌寒かったから少し長めに毛布にくるまっていたそんな感じでしょうか。


ゆっくりと目を開けるとそこは知らない天井でした。

あれ…?

私が眠っていたのは薄暗くてひんやりとした石の霊廟だったはずです。

父様と母様が私のために建ててくれた特別なお城の地下にある私の部屋。

のはずです。

でも今私が見上げているのは滑らかな白い金属みたいな天井でそこを淡い水色の光が線になってすーっと走っていますです。

なんだか不思議な模様です。


「ん……?」


体を起こそうとするとぷしゅーという気の抜けた音と一緒に私を覆っていたガラスみたいな蓋が上に開きました。

ひんやりとした空気が私の肌を撫でますです。

でも霊廟の空気とは違ってなんだか澄んでいるというか綺麗すぎるというかそんな感じの空気です。


「おはようございますマスター! 約束の1000年が経過しました! 長期メンテナンス睡眠これにて完了ですっ!」


きらきらした声と一緒に目の前に元気な女の子が現れました。

ふわふわのピンク色の髪をツインテールにしていて大きな青い瞳がぱちぱちと瞬いています。服装はぴっちりした不思議なワンピースです。

それにその子はなんだか空中に少しだけ浮いているような気がしますです。


「えっと…おはようございますです…?」

「はいおはようございます! 私はマスターのお目覚めと再起動をサポートするために製造されたアンドロイド管理番号S-7愛称はユニです! これからよろしくお願いしますねっ!」


ゆに…? あんどろいど…?

知らない言葉がいっぱいです。妖精さんか何かでしょうか。

私はただちょっとお昼寝をしていただけのはずなんですけど…。


「あのゆにさん…? ここはどこですかです? 私のお部屋じゃないみたいですけど…」

「はい! こちらは西暦3025年の『統合管理局』が管理する特別覚醒ルームです! マスターが眠りにつかれた1000年前とは文明がちょっとだけ発展してるんですよ!」


ユニと名乗ったその子はにこにこ笑って胸を張ります。


せんねん…?

せいれきさんぜんにじゅうごねん…?

私の知ってる年号とは全然違いますです。

私が眠ったのは確か王国歴752年の冬だったはずです。


「えっと…私が眠ってからそんなに時間が経ったのですかです?」

「はいその通りです! マスターが眠りにつかれたのは西暦2025年。ちょうど1000年ですね!」

「せんねんもお昼寝してたのですか私…」

「お昼寝というよりコールドスリープですね! 人体の代謝を極限まで低下させて長期的な保存を可能にする科学技術です!」


こーるどすりーぷ。また知らない言葉です。

ユニさんは私の混乱なんて気にしない様子で空中に指をさっと動かしました。

すると目の前に透き通った板みたいなのが現れてそこにたくさんの文字や図形がチカチカ表示されます。


「わっ!?」

「こちらがマスターのバイタルデータと覚醒までの記録です! すべて正常値ですね! さすがは伝説の真祖様です!」

「しんそさま…」


それは私のことです。

真祖アリアンナ・フォン・ヴァレンシュタイン。

それが私の名前です。吸血鬼の王族に生まれた特別な存在なのです。

でもそんなことより目の前のチカチカが気になります。

なんだか目が回ってきましたです。


「うぅ…よくわからないです…」

「おっと失礼しました! 長い眠りの後で情報過多はよくないですね!」


ユニさんが指をぱちんと鳴らすと板はすっと消えました。

便利な魔法です。


私は自分が眠っていたガラスのカプセルからゆっくりと足を下ろしました。

床は柔らかくて少しだけ温かいです。石の床とは大違いです。

部屋の中をきょろきょろ見渡します。

壁も天井も同じ白い金属でできていて継ぎ目がどこにもありません。家具も一つも見当たらないだだっ広いお部屋です。


「あの私のお洋服とかベッドとかはどこにあるですかです?」


私のお気に入りのふかふかのベッド。それからレースがいっぱいついた可愛い黒いドレス。

それが無いと落ち着かないです。


「はいお任せください!」


ユニさんはまたにこっと笑うと壁に向かって「ベッドルームモード」と言いました。

すると壁の一部がすーっと開いてそこから大きなベッドが自動で出てきましたです。

シーツも枕も真っ白です。


「わわっ! すごい魔法です!」

「いえこれは魔法じゃなくてナノマシンによる室内環境の最適化です!」


なのましん。

やっぱりもう何もわからないです。


「ちなみにマスターがお召しになっていたドレスは1000年前の貴重な文化遺産として博物館に厳重に保管されております!」

「はくぶつかん!?」

「はい! 代わりに現在の主流であるこちらの『分子コンフォートウェア』をご用意しました! 伸縮性耐久性保湿性に優れあらゆる活動をサポートします!」


ユニさんが指さすのは今私が着ている薄いぴっちりした服でした。

確かに動きやすいですけどなんだかちょっと恥ずかしいです…。


うぅん。すごいことになってるのはわかりますけど頭がまだふわふわして難しいことは考えられないです。

それよりももっともっと大事なことがありました。

吸血鬼として何よりも優先すべきことです。


「あの…ゆにさん…」

「はいマスター! なんでしょうかっ!」

「のどがかわきましたです…。ちがほしいです…」


そうです。私は吸血鬼ですから寝起きには新鮮な血を飲まないといけないのです。

1000年も眠っていたのならもうお腹はぺこぺこです。

それが真祖としての嗜みというものです。


するとユニはにぱーっと花が咲くように笑いました。

その笑顔は太陽みたいでとても可愛いです。


「はいお任せください! マスターがお目覚めの際に渇きを覚えることはデータベースで予習済みです! 最高品質の『ブラッド』ご用意してますからね!」


ぶらっど。それは多分血のことです。よかった通じましたです。

そう言ってユニはてきぱきと部屋の隅にある箱みたいな機械を操作しました。

がこんという音と一緒に小さな四角い箱が出てきます。

ユニさんはそれを大事そうに両手で持つと私のところに持ってきました。


「お待たせしましたマスター! どうぞ!」


自信満々に差し出されたそれを見て私は首をかしげました。

それは真っ赤な液体が入った白い紙の入れ物でした。

見たことのない真っ赤な果物みたいな絵と『太陽いっぱい 濃厚しぼり』という不思議な文字が書いてあります。


「…あのこれが『ぶらっど』…ですかです?」

「はい! データベースによればこれが21世紀初頭より吸血鬼の皆様に最も愛されてきた代替血液飲料です! 栄養満点リコピンも豊富なんですよ!」


りこぴん…?

またまた知らない言葉です。

代替というのは本物の代わりということでしょうか。

1000年の間に人間はいなくなってしまったのでしょうか。

でもユニがあんまりきらきらした目で見てくるので断れないです…。

それにこのいい匂い。甘くて少し酸っぱいような。

私の知らない匂いですけどなんだか食欲をそそられますです。


ユニは小さな筒…ユニさん曰くストローというらしいです…を器用に突き刺して私に渡してくれました。

おそるおそるそれを口に含んで吸い込んでみます。


ちゅー…。


「……!」


口の中に広がったのは知っている血の味とは全然違うなんだか青臭くて甘酸っぱい不思議な味でした。

鉄の味は全然しないです。

でもなんだか体に染み渡るような感じもします。


「マスター! お味はいかがですか!?」

「……すっぱくてちょっとしょっぱくてでも甘いです…」


これが千年後の血の味……。

私の知らない間に人類は進化した結果血の味が変わってしまったのでしょうか…?

うぅん文明が発展しすぎて私もう何もわかりませんです。

でもまあお腹は空いてますしユニも嬉しそうですし…。


「とりあえずこれでいいです。ごくごく…」


私がそれを飲んでいるとユニはとっても満足そうに笑いました。

こうして千年ぶりに目覚めた私の新しい生活は一杯のトマトジュースから始まることになったのです。

これからどうなっちゃうんでしょうかぁ…。


私が飲み終わるのを見計らって部屋のドアがすーっと音もなく開きました。

ドアの向こうには真っ白で長い廊下が続いています。


「さあマスター! 今日からここがマスターの新しいお城ですよ! 街をご案内しますね!」


ユニは私の手を引いて廊下へと歩き出しました。

私の平穏な眠りはどうやら本当に終わってしまったみたいです。

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