第四章:後日談その一
カタカタ
カチッ
放課後の図書室にて。
長机で三人横に並んで、レポートを書く三人の姿があった。
秀はいつも通り自前のパソコンで、鈴と涼介は学校貸し出しのタブレットでレポートをまとめている。
「それにしても、秀は古今東西の幽霊の研究って言っても、一体何を調べるんだ?」
ある程度きりが付いた涼介がタブレットから顔を上げて秀の方を向いて尋ねる。
確かに、一体何を調べるのだろうと鈴も不思議に思い、秀のパソコンの画面をのぞき込んでみる。
すると、そこには
「うわぁお。」
細かい字でびっしりと書きあげられたレポートがあった。
まだ書き途中であるようだが、鈴は、このまま出されても十分の出来なのだろうな、と思った。
内容を鈴が読み上げてみる。
「『はじめに。
本レポートは世界中で伝承が残る幽霊という存在について考察したものである。筆者は幽霊など、科学的に存在されないものの存在について否定的であるが、存在しないことを否定することは困難を極める。そのため、本レポートで非科学的な存在の一種である幽霊がどのような過程で生まれ、大衆にその存在があると信じられるようになったのかについて、世界各地の実例を分析し、調査していく。』。
いや、『はじめに』だけでしっかり書きすぎじゃない?」
その鈴の問いに秀は首を横に振る。
「いや、これでもまだ全然足りない。これはまだ骨に過ぎないんだ。
この後、肉をつけて文章により具体性を持たせる。」
「ふうん。」
感心しながら無言で続きを読み始める鈴。
一方涼介はタブレットの画面を前に、頭をかいている。どうやら秀に話しかけたのは自分の手が止まってしまったからのようだ。
秀は涼介の方へ行き、
「どうだ?涼介の方は。」
と尋ねる。
「いや、全然だ。
俺は恐怖にとらわれるという事象について、心理学的に分析してレポートを書こうとしていたんだが、これまた難しくてな。
自分がどのような理由で恐怖にとらわれるかはなんとなく分かっているんだが、それを言葉で表すのがなんとも。」
「確かにそれはそうだな。」
己の感情を客観的にとらえることは非常に難しい。
このことを秀は最近になって痛感している。
例えば、遊園地に出かけた時、秀は何となく心がふわふわするような心地を体験した。
もしかしたら、楽しいというなのかもしれないが、ただ、そうだとしたら数学を解いているときに楽しいと感じるときとは少し異なっているように思ったのだ。
それから、鈴の怖がる顔を見ているとどうにも落ち着かない。
何かしたい、してあげたいという気持ちが芽生えてくるのだが、これがなんという名の感情なのかをこれまで全く人と関わることがなく、人にこのような感情を抱いたことのない秀は知らない。
感情の分類すらこれだけ難しいのに、客観的にとらえ、それを分析することはもっと難しいに決まっているのである。
「まあ、とはいえ、先生も完璧なレポートを求めているわけではない。
できるところまでだけ頑張って、ある程度で切りをつけるんだな。」
「ああ、そうするよ。」
涼介は再びタブレットに向き合い、指を動かし始めたのを見て、秀も自分の作業に戻ろうとしたその時だった。
秀の視界に『恋情という感情について』というレポートの表題が目に入った。
それは鈴のタブレットに表示されており、一瞬で秀の興味はそちらに引っ張られた。
鈴はどうやら、まだ秀のレポートを読み込んでいるようだし、感情をテーマにしたレポートをどうまとめているか読んでみようと、鈴のタブレットを触る。
「どれどれ。
『恋情と愛情に関するレポート
人類は恋情、愛情といった感情による要素抜きに歴史を語ることはできない。
例えば、唐の時代の玄宗は楊貴妃の美貌に心を奪われ自身で築き上げた繁栄期を混乱に貶めた。
例えば、クレオパトラはカエサルの自分への恋情、愛情を利用してエジプトに平和をもたらしたそうな。
過去の事例を見るとわかるように、恋情や愛情は人を盲目にし、歴史に多大なる影響を与えてきたことが分かる。
本レポートの目的を『これらの感情と人間の行動の結びつき』に設定し、考察していく。』
面白そうだな。」
続きを読もうとしたその時、秀の肩に手が置かれた。
「な、中川君。その、まだ途中なので読まないでください!」
普段は見せない強い調子で鈴が言うので秀は少し驚きつつも、勝手に読んでいた秀が悪いのは確かなので、
「ああ、すまんすまん。
そんな怒るとは思わなかったが、完成していないものを読まれたくないよな。」
秀のその言葉を聞いて、自分が普段より強く言ってしまったことに気づいた鈴。
「あ、いえ。別に、レポートは読んでくれていいんだけど...」
ごにょごにょと何かを言うが、もうすでにそこに秀はいない。
自分の席に戻り、レポートの作業に戻っていた。
それを見ていつも通りの秀だと安心しつつ、一人つぶやく。
「隣のウィンドウで恋を成就させるコツなんていうものを開いていることがばれたら意識してるってバレちゃうじゃん。」
もちろん、そのつぶやきを秀が聞くことはなかったが、鈴の隣の席でレポートを書いていた涼介の耳には入っていた。
顔には出していなかったが、内心(秀のやつ、無意識にまた一人虜にしやがって。)と、思っていたのだった。
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