第11話 進藤家の事情

 「ただいま~!」


 美鈴が元気よく玄関を開けて挨拶をする。

 17時、少しばかり日が陰り始めた時間帯に七希たちは進藤家に到着した。

 学園から3キロほど離れた住宅街にある、ごく普通の2階建住宅が進藤美鈴の自宅だ。

 普通、とはいえこの都会に一戸建てを構え、光陵館学園に姉妹を送り出すのだからそれなりの家であることは確かだ。


 「美鈴!! 心配したのよ!」


 リビングから血相を変えて母親らしき人物が飛び出してきた。


 「むぎゅ」


 抱きしめられた美鈴が迷惑そうな、その実嬉しそうな顔をする。

 これだけで察するのも難しいが、親子関係は悪くないらしい。


 「美鈴のお母さま、遅くなり申し訳ございません。私たちは光陵館学園の高等部に通う美鈴の先輩になります」


 堂々と丁寧に頭を下げる七希。

 その高校生離れした振る舞いと完成された美貌に気圧される美鈴母。しかし気を取り直して美鈴を背に隠すとキッと七希たちを睨みつけてくる。


 「……遅くなる、と連絡は受けていました。でも美鈴はまだ6歳です。初対面の人に連れ回されては驚きます!」

 「はい、仰る通りです。私たちの配慮が足りなかった事、お詫び申しあげます」


 深々と頭を下げる七希に合わせて、由紀とみやびも頭を下げた。

 連絡は受けていたこと、丁寧な謝罪、そして3人はまだ高校生。途端に美鈴母は自分が取り乱していたことを恥ずかしく思った。


 「あ、頭を上げてください。心配はしましたが……そこまでされなくて大丈夫ですから」

 「ありがとうございます」


 緊張が解けた空気を察したのか、美鈴が母の背から出てきて七希に飛びついてくる。

 それを難なく受け止めて抱き上げる七希。

 嬉しそうに歓声をあげる美鈴を見て、美鈴母もホッとした。


 「……美鈴を見てくれていたんですね、いやだわ……取り乱して、こちらこそごめんなさい」

 「いえ、当然の事だと思いますから」


 母として、このような振る舞いは逆に安心する。


 「おひめさまだよ、おかあさん!」

 「おひめさま……? え、ええ確かに、そうだわ」


 改めて七希と由紀、みやびを見ると芸能人が何かの番組で訪ねて来たのかと錯覚してしまいそうになる。

 何なら撮影班でもいるのかと玄関の外を覗いたくらいだ。


 「あの、美鈴の母で進藤絵里です」

 「今日、美鈴と友達になりました。本条七希です」

 「藤間由紀です!」

 「四楓院みやびですわ、お見知りおきを」


 いろんな意味で偏差値が高い。

 進藤絵里はやはり気圧された。普通の主婦なのだから無理もない。


 「美鈴と仲良くしてくださって、ありがとう。せっかくですから、上がってください」

 「いえ、それには及びません。夕刻の忙しい時間ですし、美鈴にはまたいつでも会いに行きますから、学園でも」


 (なんてできた娘なのかしら……)


 目を白黒させる美鈴母である。


 「え~おひめさまかえっちゃうの!?」

 「そうだぞ美鈴、晩御飯の時間になったらお友達はバイバイするんだ。常識だぞ?」

 「そうなの?」


 由紀とみやびの方にも目を向ける。

 二人とも優しく微笑んで頷いた。


 「うんうん、そうやってまた明日! ってするのがお友達だよ、美鈴ちゃん!」

 「ええ、今日という日に満足し、また明日を夢見て眠りにつくのですわ、美鈴」


 両側から頭を撫でられて目を細めてふやける美鈴である。


 「はわ~~、うん、わかった!」


 満足した美鈴を玄関におろして、再び3人は丁寧に挨拶してから進藤家を辞した。

 まだ早い時間だったので父親は居らず、進藤かなめも帰ってはいない。

 3人はしばらく歩いた先にある公園で足を止めた。


 「あれが美鈴の母親か」

 「いいお母さんだったね、ななちゃん!」

 「ええ、我が子を心配する母親の鑑ですわ!」


 盛り上がる二人とは別の視点で七希は思考を組み立てる。

 進藤絵里、あれは間違いなく美鈴の母親だ。

 それは振る舞いもそうだが、見て分かった。


 ――美鈴に似ている。


 主婦として家事に追われていたのか、家に居てわざわざメイクなんかもするはずがないが、それでも素材が良いのは一目で分かる。


 「しかし……進藤かなめには似ていない」


 ふむ、と頷く七希に由紀とみやびが首を傾げる。


 「まあ良いだろう、憶測に憶測を重ねても意味はない。このくらいの事が分かれば、後は経過を観察していれば何とでもなるはずだ」

 「……なにやら一人で分かった風にならないで頂きたいですわ」


 唇を尖らせるみやびに、笑う由紀。


 「まあまあみやびちゃん、これがななちゃんですから!」

 「……みやびちゃん」


 美鈴に負けず劣らず頬を緩ませるみやび。

 わあ可愛いと由紀も嬉しくなる。


 「ふんっ、まあ良いですわ! それではわたくしもこれで失礼しますが、送って差し上げますわよ?」


 みやびが腕の時計――スマートウォッチをトントンと叩くと、すぐさま黒塗りのリムジンが公園にやってきた。

 あきれたお嬢様ぶりである。


 「結構だ、由紀は私が送っていく。ではな、みやび」

 「っ!? きゅ、急に……いえ、ええ、そうですの……では、また明日ですわ……その、七希、さん」


 由紀の方にもペコリと丁寧に頭を下げて、みやびは逃げるようにリムジンに乗り込んだ。

 その横顔は真っ赤で、後ろから見えた耳まで赤く染まっていた。

 手を振りながら見送る由紀は満面の笑顔である。


 「わーかわいい~。今日のレクリエーションは、本当に良かったね!」


 進藤美鈴と四楓院みやび、二人との縁ができた。

 そして二人とも想像を超えて可愛かった。

 四楓院みやびに可愛いと言っては同級生だから失礼に当たるかもしれないが。


 「そうだな、まさかこの学園で由紀以外に知己ができるとは思わなかったな」

 「それはそれでどうなのさ、ななちゃん」


 帰ろ、と由紀に手を引かれるままに歩き出す七希。


 「余計なしがらみは、私にとっては邪魔なだけだからな」

 「……昔は昔、今は今だよ」


 夕暮れ時を歩きながら、同じ思い出を共有する幼馴染は空を見上げて呟いた。

 それっきり特に会話することもなく歩き続けて、由紀を祖父母の家に送り届ける。

 軽く挨拶を済ませて、七希も帰る。


 今日はいろいろあったが、全体的には悪くなかった。班単位のレクリエーションも案外悪くなかったし、桜庭も武田も大柴も、なんとも思っていなかったクラスメイトだが話せば悪くない。

 由紀のいうように、視野が狭くなっていたのかもしれない。


 時刻は19時近くになっていた。

 部活帰りの学生や、会社帰りのサラリーマンも増えてくる時間に煩わしさを感じながら歩いていると前方に見知った顔が二人。


 「進藤かなめと、桐生か」

 「っ! 七希さん!?」

 「……」


 先ほどの公園に通りかかったところで佇んでいた二つの人影が振り向いた。

 桐生は七希を見て喜んだ顔をして、思い出したように進藤かなめをみて青褪めた顔をする。


 「こ、これは違うから! 七希さん!」

 「? 何のことか分からんが、進藤かなめ。妹は家まで送ってある、心配するな」


 先ほどから敵意満開の進藤かなめに水を向ける。

 美鈴の事は当然伝えるべきことだからだ。

 だがやはり、進藤かなめにはその事はどうでも良さそうだった。


 現れる気持ちは純粋な敵意……これは、何度か中学のころも味わったことのある粘つく気配。

 由紀に受け流すように、気にしないように、と言われたことのある感情の名は……嫉妬?


 「どうでもいい」


 七希と桐生を見て顔を険しくした進藤かなめは、吐き捨てるようにして背を向けた。


 「あ、進藤さん!」


 桐生が背中に声を掛けると一瞬だけ立ち止まって、振り切るように駆け出した。

 それを見送った二人の間に気まずい沈黙が落ちる。

 由紀と無言になる時とは違う、気まずい沈黙だ。

 もっとも気まずいのは桐生だけで、七希は何も考えていない。


 「すまなかったな、桐生。逢引だったか?」

 「絶対違うからっ!?」


 桐生誠也の前途は多難である。

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