エピソード・オルテンシア

 王都には迷宮があると聞いた。

 迷宮には危険もあるけど、宝物もあって、お金持ちにもなれると聞いた。

 ――だから、あたしは薪割りで使っていた手斧一つを持って、生まれ故郷の村を飛び出した。

 十四歳の時だった。


 王都までの道程は、意外とすんなりいった。

 親切な人に馬車に乗せてもらえて、街から街へ。

 次々に馬車に乗せてもらえるというラッキー続きで、十日ほどで王都に到着した。

 最後に乗せてくれた親切な貴婦人にお礼を言って別れると、あたしはきょろきょろと辺りを見回す。

 初めて訪れた王都は、とても広くて、道にはお祭りでもあるのかというほどに人が大勢いて、それ以上に冒険者がたくさんいた。

「わぁ~……」

 ため息混じりの声が零れる。

 遠くにはお城も見える。

 あそこに王様がいるんだろう。

 迷宮から宝物を持ち帰った冒険者に褒美を与える、というお触れを出したが。

 さて、王都まで来たのはいいんだけど……ここからどうすれば迷宮に挑戦できるんだろう?

 辺りにいる冒険者達はなんだかみんな怖い顔をしていて、その上ごつい武器を持っていたりして、ちょっと声をかけにくい。

 街の人に聞いた方がいいのかな?

 そんな事を考えて、露店を構えているおじさんに声をかけようとした時だった。

「お嬢ちゃん、いっちょ前に斧なんて持って、冒険者か?」

 ……呂律が回っていない。

 チラッと視線を投げると、赤い顔をした酔っぱらい。

 嫌だなぁ、昼間からお酒を飲んで女の子に絡むなんて。

 あたしの不快そうな顔に気付いてしまったんだろう、その冒険者らしきおっさんはギロリと鋭い視線で腰に吊るしてある短剣に手をかけた。

「おい、なんだその目は? ガキが粋がってんじゃねぇぞ? 痛い目見てぇのか?」

 あ~、嫌だ嫌だ。

 村にいた酔っぱらいと同じだ。

 気が大きくなって、自分より弱いと見える相手にだけ凄んで見せる。

 みっともないったらない。

 無視しようかと思ったけど、その瞬間に腕を掴まれていた。

 ――痛い。

「ちょっ……離して!」

「詫びだ! 詫び金よこせ! その金でもう一杯やりに行くんだからよ!」

 最悪。タカリにきた酔っぱらいとか、相手にもしたくない。

 ギャーギャー騒ぐおっさんに、思わず空いた手で手斧の柄を掴んでいた。

 と、静かな声が耳に届いた。

「往来で子供に金をせびるなんて、冒険者として恥ずかしくないのか?」

 ぐい、とおっさんの手首を掴んで、力を入れて無理矢理手を開かせる。

 あたしはその隙に腕を振り払った。

 解放されて、ようやく割り込んできた人を眺める。

「……」

 率直に言えば、良い人に見えた。

 少し長い髪を邪魔そうに後ろで結んでいる。

 ……そうだ、村に巡回に来た神父さんに雰囲気が似ている。

 とても穏やかそうな印象なのに、何故だろう、その目だけは酷く淀んでいた。

「なんだてめぇ!?」

「――あー、うるさい。?」

 投げ遣りに言っておっさんの手を離したその人は、そんなことを言って据わった目でおっさんを睨み付けた。

「うちの盗賊が来る前に失せな。あいつは僕が絡まれていると判断したら、お前を巡回兵に突き出すのに躊躇なんてしないぞ」

「てめ…………お前……“嘆きの”ベルンシュタインか……?」

「……そうだよ」

 淡々と答え、その人は薄く笑った。

「墓石も残らずロストしたいなら、僕に手を上げてみるか?」

 おっさんは一気に渋い顔になって、唾を吐き捨てて足音も荒く去っていった。

 はぁ、と鬱々としたため息を吐いたその……“嘆きの”ベルンシュタインと呼ばれた人は、ゆるく頭を振ってからあたしを見た。

「災難だったな、性質たちの悪いのもいるから今度は気を付けなさいよ」

「あ……」

 そうだ、お礼、お礼言わなきゃ。

 助けてもらったんだから。

「あの!」

「ん?」

「あたし、冒険者になりに来たんです! どうすればいいですか!?」

「え?」

「あれ?」

 あ、違う。

「……先にお礼だ、助けてくれてありがとうございました。あたし、冒険者になるために王都に来たんです。でもどうしたらいいのかわからなくて」

 あたしがちゃんと言い直すと、その人はあたしを眺めてから肩を落とした。

「……キミ、未成年じゃないのか?」

「十四歳です!」

「……未成年か……悪い事は言わないから、家に帰りなさい。そんなに若いうちから死と隣り合わせの世界に飛び込むことはないよ」

「いやです! 帰りません!」

「駄々こねるんじゃないよ……どこのパーティーだって未成年の女の子を下心ナシでスカウトしたりしないよ……」

「じゃあ!」

 そうだ、良いことを考えた。

「あなたのパーティーに入れてください!」

「どうしてそうなる?」

「だって、あたしを助けてくれたぐらいには良い人でしょ? だったら、下心ナシであたしをスカウトしてくれるでしょ?」

「どうしてそうなる!?」

「あたし、オルテンシア。斧の扱いだったらちょっと自信があります!」

「売り込み文句だけは一人前だな!?」

「……何してんですか、リーダー?」

 急に声が割り込んできた。若い男の声だ。

 目の前の人物はそれにホッとしたように声を零した。

「アクラ、この子がな……」

「?――嬢ちゃん、随分若いけど冒険者か?」

 ピンときた。これは渡りに船だ。

「これから冒険者になります!」

「はぁん? 何が出来る?」

「戦えます! 斧使えます!」

「おい、アクラ」

「――いいんじゃないすか? 前衛、探してたんだし」

 こっちだ、このアクラという兄ちゃんを押した方がいい。

 あたしはその場での自分の直感を信じた。

「どうすれば冒険者として登録できるんですか!?」

「は? そこから?」

「さっき王都に来たばかりです!」

「あー、じゃあまずはギルドだな。そこで登録して……」

「アクラ!」

 強い声が遮った。

 兄ちゃんは肩を竦めた。

「もう遅いですって。

 ――この一言が決定打になった様だった。

 その人は……ベルンシュタインは瞑目して深々と息を吐くと、顔を上げて諦めたように笑った。

 その笑みは、冒険者と呼ぶにはあまりに良い人に見えた。

「分かったよ。――ギルドまで行こう」

「やった~!」

「えぇと……オルテンシア、だったか? 僕はベルンシュタイン。こっちはアクラ。後の仲間にはキミの登録が終わったら紹介するよ」

 あたしはラッキーだ。

 王都に来るなり、良い人に拾われたんだから。


 あの出会いから四年。

 今もあたしは、ベルンと仲間達と共に迷宮に潜っている。

 それなりに力も付いたし、何回か死んでは蘇生してもらっている。

 死と隣り合わせの日々だけど、今の環境は悪くない。

 あの時の直感が、今日もあたしをこのパーティーと共に生かしている。

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