第26話 貴女へ。

何度も「この話題が終わったら」「宮瀬さんがお手洗いから戻ってきたら」って思っていたけど、やっぱり怖くて。

気がつけば、もうデザートまで食べ終わっていた。


「帰ろうか」

その言葉がこんなに切なく響くなんて思わなかった。

でも、明日も仕事だし…仕方ない。


スマートに支払うつもりだったお会計は、先に宮瀬さんがカードで済ませてしまった。

「俺から誘ったので、俺が出します!」

そう言っても、

「じゃあ、三千円ちょうだい」

と、割り勘よりも少ない額を提示される。

「いやいや」と引き下がるけど、宮瀬さんも譲らない。

──ああ、かっこ悪い。

気持ちを伝えて、かっこよく支払いも済ませて…なんて計画、全部崩れた。


せめて最後くらいはと思って、

「家まで送ります」

なんて口にした。

いつもの別れ道、駅を通り過ぎながら。


「よかったのに、ありがとう」

そう微笑んだ横顔が、どこか困っているようにも見えて胸がざわつく。

もしかして迷惑だった?

家、知られたくなかったかもしれない。

また始まる脳内反省会。


「じゃあ、ここだから。送ってくれてありがとね」

明日になればまた会える。

でも、明日になったら今日よりも勇気が出ない気がした。


愛おしい背中に向かって、言葉が勝手に零れた。

「……宮瀬さん!俺、宮瀬さんのこと、好きです!」


振り返ったその瞳に驚きが宿る。

だけど、もう止められなかった。


「クールで厳しいけど、ちゃんと見てくれてるところ。

的確にアドバイスをくれるところ。

実は雷が苦手なところ。

クマのキーホルダーを買うような可愛いところ。

自分の仕事が終わってなくても、人を助ける優しいところ。

それを全部ひとりで抱え込んでしまう不器用なところ。

コーヒーよりココアが好きなところ。

そして──ステージの上では誰よりも輝いていたところ。

宮瀬さんのこと、知るたびに全部、全部好きになっていくんです。

誰も知らない宮瀬さんを、もっと知りたいです。」


考えていたセリフなんて吹き飛んで、好きなところが次々に溢れていった。

気づけば宮瀬さんは、静かに涙を流していた。


その涙の意味が分からなくて、抱きしめたくても動けない。

ただ立ち尽くす俺の胸に、ふいに柔らかい温もりが触れた。


胸に顔を埋める宮瀬さん。

華奢な肩が震えていて、強く抱きしめたら壊れてしまいそうだった。

ふわりと香るシャンプーの匂いに包まれて、夢みたいで、泣きそうになった。


「……私も、中野くんのことが好き。」


小さく震える声でそう言って、俺を見つめる貴女に思う。


──俺は、いったい何度、貴女に恋をすればいいんだろう。

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