第8話 竜騎士の戦い

 砂漠と深緑地帯のはざま。

 ところどころ乾いた大地が広がり、サボテンもあれば、乾燥に強い木も生えている。青緑色の細い川が大地を流れていた。

 赤茶けた大地に、高速に動く閃影が、いくつも落ちる。


 竜の飛翔。


 あわせて、90頭ほどの、人があやつる騎竜が戦っている。


 森閑しんかんのコメバンザイン国と、熱砂のシナモンロ・オル国の、騎竜隊の戦いである。

 国同士の戦い────、と言っても、国の規模は小さい。

 国の人口はそれぞれ、2000人ほど。

 そのなかで、森閑のコメバンザイン国は、40頭の騎竜を。

 熱砂のシナモンロ・オル国は、50頭の騎竜をこの戦に投じている。

 

 竜一頭、歩兵50人に匹敵する戦力といわれている。竜と歩兵が戦おうとした場合、歩兵ではまったく相手にならない。

 また、竜の飛翔は早く、歩兵はおいつけず、戦場はどんどん移る。ゆえに、各国は歩兵を投入する場合もあるが、騎竜隊の育成に力をいれ、騎竜をあやつる竜騎士同士の戦いが、戦いの華なのだ。


 竜騎士の武器はリーチの長い槍である。


 魔法使いは貴重で、身体能力が高くない場合も多い。

 竜は忠誠を誓った主は背から落とさないが、魔法使いはその限りではない。万一竜から墜落死すると損害なので、魔法使いを同乗させて戦うことはほぼない。

 竜騎士によっては、槍で戦う合間に、初級魔法もおりまぜて攻撃手段とする場合もある。


「ЯНТАПАК ДЕНЬ НА ОГОНИВО

(精霊よ 火花となり ぜよ)」


 赤い鎧で竜にまたがる竜騎士が、一騎打ちを続ける戦う相手に、火の初級魔法をぶつける。


 ────チリチリチリ。


 赤い竜騎士の指先から、火の粉が細い線となり相手の兜までせまり、相手の眼前で、


 ────ぼっ!


 と小さな火花になって爆ぜる。


「くっ。」


 それだけで、槍をふるおうとしていた相手は乱される。


「隙ありだ! 将軍の孫ソウよ!」


 高速で高い空をすれ違いながら、槍で、ばん、と相手の頭をうつ。

 相手の兜が飛ぶ。

 兜はひゅーっと小さくなり、遠い遠い地面に落下した。

 兜のしたは、黒髪、紫の目。太めの眉の、凛々しい顔立ち。20歳の男だった。男は、にっ、と笑って、


「さすがだな、シナモンロ・オル国のクグロフ王子。」


 と、敬意の仕草、顔前で槍を縦で持つ仕草を王子に贈る。


「まだいけるだろう、キィリン?」


 将軍の孫ソウ、と呼ばれた男は、愛竜の背を、とん、とん、と愛情をこめて叩く。竜は、


「クエア!」


 と一声啼いて、


 ────いけるよ。


 と言いたげに、ぶんぶん、と長い尾をふる。


「いけ!」


 ソウは上空を指し示す。主の意をみ、竜はばさりと一回はばたきをおこなうと、さっきよりも早いスピードをだそうと、びゅう、と羽根をたたみぎみに己の身体にひきつけ、敵国の王子の騎竜に高速で突っ込む。


「来い!」


 テラコッタレッドの髪、アンバーの瞳のクグロフ王子が、戦闘の熱狂に歓喜しながら槍をかまえる。


「キィリン!」


 騎竜と竜騎士。

 一体となった見事な手綱捌き。キィリンは高速に飛ぶなかでぐっと長い首をひねり、首を起点にぐねりと身体全体に回転をくわえ、空中をスピンする。


「おおっ?!」


 クグロフ王子の上空を、回転しながら、一瞬、とった。クグロフ王子が奇想天外な騎乗に、驚きの声をあげる。


Presoプレーゾ!(とった)」


 ほぼ逆さまになりながら、腿をしめて竜から落ちないようにしつつ、ソウは鋭く槍をついた。


「むう!」


 ソウの槍も加護がある。クグロフ王子の軽量な赤い鎧も加護がある。互いの加護が、ぎゃりりり、と摩耗しあい、白い微細な光を発する。

 ソウが押し勝った。ソウの槍の技量と突くスピードの賜物である。クグロフ王子の肩の鎧が、


 ────ばあん!


 と弾け飛んだ。

 その時には竜のすれ違いは終わり、互いは6mメッサムも離れている。


「ふぅ、見事だ。ゴギョウハ・コベラ・ソウ侯爵こうしゃくよ!」


 クグロフ王子は顔前で槍をたて、敬意をあらわす仕草をする。

 ソウも同様に、敬意の仕草をする。笑顔はないが、紫の目が涼やかだ。

 テラコッタレッドの髪の男は、自信に満ちた笑顔を見せ、


「さあ、次。ここを狙ってこい?」


 砕けた鎧、むきだしになった右肩部分を、指でとんとん、と叩いて、挑発する。

 互いに槍をかまえる────。






「待て! いくさそこまで!!」





 南から高い空を飛んでくる、12頭の騎竜。

 その先頭をひきいるライス王子が叫んだ。


「そこまでだ! 救世の乙女ウメボシア降臨せり! ウメボシアはコメバンザイン国にあり!

 くりかえす、ウメボシアはコメバンザイン国にあり!

 戦をしてる場合じゃない!

 槍をおさめろ!」

「なんだと?

 ………総員、静かにしろ!」


 熱砂のシナモンロ・オル国の竜騎士隊を率いるクグロフ王子が、自軍に命令する。

 それぞれの騎竜は戦いをいったんやめ、その場でホバリングを開始する。

 竜の飛翔は早い。あっという間にライス王子も近くに来て、ホバリングを開始する。

 なぜかライス王子の騎竜の尾には、少年が一人くっついている。

 ライス王子は、前に女性を一人乗せていた。髪がピンクだ。


 黒髪、茶色い髪、金髪、赤髪。年を取れば白髪。

 それが人の髪の色である。ピンクの髪なんて、誰も見たことはない。

 竜騎士は皆、ライス王子と、ピンクの髪の女性を注視ちゅうしした。


「彼女こそ、救世の乙女ウメボシアだ。

 もう神託の滅びまで三ヶ月しかない。

 戦をやめて、救世の乙女ウメボシアに、救世を願う時じゃないのか?」

「ほう。変わった髪色の乙女だな。

 だがしかし、それで本当に救世の乙女なのかな?

 特殊な染め粉でも使ってるのではないかな? ははは!」


 クグロフ王子は笑う。


「………お兄ちゃん!」


 ピンクの髪の女性が突然大声をだした。


 ────お兄ちゃん?


 クグロフ王子はじめ、その場にいた竜騎士全員が、首をかしげた。


「えっ、えっ、タクアンヌ?」


 ソウが驚きでひっくりかえった声をだした。


「染め粉なんて使ってない! 彼女は本当に救世の乙女ウメボシアだ! ウメボシア、またあの力を見せてくれ。」

「おおお降ろして? お兄ちゃんが! お兄ちゃんが!」


 ライス王子は目を、すっ、と細めた。額に怒りの青筋が浮かぶ。

 ライス王子は救世の乙女ウメボシアとおぼしき女性の顎をつまみ、有無を言わさず口づけした。


 ────あ。


 クグロフ王子はじめ、その場にいた竜騎士全員が、驚いた。

 直後。

 風が逆巻き、口づけを続ける救世の乙女ウメボシアの背後の空間が、力の圧縮で歪むほどゆらめき、




 どおおおおおおん!!




 目を開けていられないほどの大爆発がおこった。

 竜たちが、


「ピィ!」


 驚いて失速する。竜騎士たちは己の竜をなだめるのに必死だ。

 なかでも、カプサイシングは、自分の背中が爆心地になり、激しく驚いたのだろう、ピィ、とも啼けず、かくん、と長い首を上空にふり、上空じょうくう2000mメッサムで気絶してしまった。

 カプサイシングははばたきをやめ、錐揉きりもみ状に失速し、まず救世の乙女ウメボシアの身体がふっとんだ。


「タクアンヌ=ローズ!」


 救世の乙女ウメボシアは空を落ちる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る