第3話 妻の予言
「ソーシャルVR?えぇ、向いてないんじゃない……?」
ソーシャルVRに誘われたのを妻に話した瞬間、そういう事を言われた。バッサリである。まだ少し入ってアバターを見て回っただけに近いのに、ここまで言い切られるのか。そんなに向いてないと言われる要素があったのか……?そう悩む藤岡であったが、それはそれとして食事を作り続ける。藤岡にとって、会話と調理を同時に
「む、向いとらん……かぁ……」
藤岡は常に、インターネットで起きたことや、これから何か企画などを行う場合については極力、妻に話すようにしている。ネットのアカウントまでは見られたくないものの、だからといって変に隠すのは信頼を損ねる。藤岡の性格として、そのような不義理はすべきでなかった。故に、今回もVRについて話したのだったが……
「言うて、そんなに向いとらんかいな……?別に酔うとか、そういう事は無さそうやったんやけど……」
「いや、そうやなくて……なんて言ったらエエんかね……」
どうやら説明が難しいらしい。正確には説明すること自体ではなく、藤岡に言語化して納得させるのが難しいようだ。要は、実際に体験すれば分かるが、それを事前に言っても防げない。藤岡は、こういう時は深堀りして聞かないようにしている。
(ホンマにウチの嫁さんは出来た人や。ワイには勿体ないくらいや……)
実際、藤岡は恋愛には疎いほうだ。厳密には不条理な描写や曖昧な描写から、すぐ「恋愛だ」と結びつける人間の機微がよく分からない。なんなら安易に結びつける輩を嫌ってまでいると言ってよい。
例えば、そう、あくまで例えばの話だが……学校近くで二人で並んで歩いていただけで、教室で「なあなあ!!藤岡と○○って付き合ってるんだろ!?」などと囃し立てるような経験があったとする。その結果、ただ話が合うから仲良くしていただけの関係なんかが容易に崩れたとする。下手すると、会話相手がグループから省かれるような事態になったとしたら?そのような一言で、人が理不尽な目に会う。そのような、安易で、軽率で、先を考えずに物事を恋愛と結びつける人間に対して、怒りを覚えないでいろというのは……少なくとも、藤岡には難しいことであった。
そういった負の
そのような藤岡が今こうやって結婚にへと至るには物凄いドラマがあると思われるだろうが、少なくとも藤岡目線からすれば少し特殊な事例だ。漫画感想アカウントがVTuberになるくらい特殊な経緯である。そのようなことを言えば、今度は政略結婚だとか契約結婚だとか何とか言われたりするのだが、決してそのようなことはない。そのようなことはないのだが、こればかりは自身だけでなく妻のプライベートもが関わる話であり、それをフォロワーの玩具にされるのは許し難い。故に、藤岡は結婚や夫婦のことについては特に必要がない限り喋らないようにしている。
……まあ、そういった縛りが「自分の
何にせよ、妻までをネット民の玩具にするつもりは一切合切、無いのである……
それでもトドオカの嫁さんなのでヨメオカなどと呼ばれ、半公式とでも言うべき存在と化しているのもあり、どうにか嘘にならない程度に言及を抑えてはいるのだが……どうしたものかというのが、ここ数年の悩みであった。
さて、そんな妻であるが。以前とあるゲーム配信を行おうという話をした時にも「向いてないんとちゃう?」と言われたことがある。その時は……まあ結果的に想定よりは楽であった。いや実際、やや苦痛であった事も確かではあるが。ただ配信は一人で遊ぶ時とは違い、ネタバレにならない程度の
何にせよ、そんな自身に理解のある賢い妻が
「そうかもしれんけど、3Dモデルまで作って頂いたんで。まず一度やってみるわ……それでダメそうなら、さっさとやめるわ。これでエエか?」
妻の長考。先述したように、妻は非常に賢く、そして理解のある、得難い存在である。当然、藤岡の義理堅い性格も理解しているため……考えた末に、回答する。
「そっか、なら、仕方ないね……でも本当にダメそうなら、すぐ休むなり止めるなりしてね?あとは、調子に乗りすぎないこと。これだけは約束して?」
「……分かったわ。約束するわ」
そんな妻の一言に、違和感とも言えない何かを覚えつつ。ひとまず妻にも言った通り、ダメならダメで止めれば良い。そうして、藤岡はVRの世界に飛び込むのであった……
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