追放された補助術師、辺境村でスローライフ満喫していたら、最強の仲間が次々に集まってきました
妙原奇天/KITEN Myohara
第1話 「役立たず」の判決
「――お前の補助魔法は、愚か者の遊びだ」
最後に突きつけられた言葉は、剣より冷たかった。
石造りの作戦室。壁の地図には赤い駒が並び、油の匂いが鼻に刺さる。勇者パーティの面々は、どこかほっとした顔で俺――カイルを見ないように立っていた。
「待ってくれ。昨日の討伐、俺の〈展開〉がなければ前衛は崩れてた。速度と視界を重ねたから、あの突撃は――」
「そういう理屈はもういい」
勇者レオンが手をひらりと振る。淡く光る聖剣。皆が信じる「勝利」の象徴。
彼は俺の説明を聞く前から、結論を用意していたのだろう。
「お前は誰かの背中を押すだけだ。肝心の刃を持たない。舞台袖で糸を引いているつもりかもしれないが、客は糸など見ない。派手に斬り伏せる役者がいれば十分だ」
「……俺は袖でいい。舞台が落ちないよう支えるのが仕事だ」
「そういう陰の仕事を、いま、俺たちは必要としていない」
短い沈黙。鎧の継ぎ目が鳴る。僧侶のミーナが心配そうに俺を見たが、隣の槍使いに肩を押さえられて視線を逸らした。
俺は鞄の紐を握りしめた。指先が白くなる。言い返す言葉はいくつもあった。けれど口を開けば、どれも言い訳に聞こえるだろう。
「追放だ、カイル。今日中に荷をまとめて出ていけ」
それだけだった。戦場より静かな断罪。
俺は頷き、道具袋と杖を拾い上げる。部屋を出ると、薄暗い廊下の突き当たり、開け放たれた窓から朝の風が入ってきた。布を揺らす音が、拍手のように耳に痛い。
*
城下町は祭りの後みたいに騒がしかった。討伐帰りの傭兵が酒場で勝ち歌を歌い、露店には焼きたての肉が積まれている。
俺は人混みの端を歩いて、古道具屋に立ち寄った。杖の先に付ける金具が歪んでいたから、安いものでいい、代わりが欲しかった。
「〈補助〉の人かい?」
店主の爺さんが、俺の杖をひと目見て言った。癖のある巻きの細工は、戦闘職のものとはすぐに違いがわかる。
「ええ。……いや、でした、かな」
「仕事、なくした顔だ」
「見えますか」
「年季でな。で、どこへ行く?」
俺は地図を広げる。王都から南西へ、山脈の手前に小さな点。名はハウラ村。
かつて同業の先輩が酔った勢いで教えてくれた。「畑の土は重いが、人の心は軽い」辺境の小村。補助屋が食いっぱぐれない、と。
「ここで土でも触ってみようかと。……魔物の通り道らしいし、最低限の仕事はある」
「そうか。なら、これを持っていきな」
爺さんは引き出しから小袋を出した。乾いた葉と、銀色の粉が少し。
俺が目を細めると、爺さんは笑った。
「古い術式用の媒介だ。金に変えるなよ。お前みたいな手合いには、こういうのが一番効く」
「借ります」
「返さなくていいさ。お前がまたこの街に戻ってきて、その時笑ってりゃ十分だ」
店を出ると、空は高く、雲が薄かった。
俺は杖の先に新しい金具を嵌め、肩に荷を背負った。王都の喧騒が背中に遠のく。足は軽い。けれど、胸の奥には穴が空いたままだ。
俺がいなければ、あいつらはもっと派手に勝てるのか。
俺がいたから、勝ちが地味に見えただけなのか。
答えのない問いが脳裏を回るたび、歩幅が少しずつ縮んだ。
*
街道に出ると、風の質が変わる。人の匂いから草と土の匂いへ。
小さな丘を越えた先で、俺は立ち止まった。鳥の群れが一斉に飛び立ち、森の方角から低い唸りが響く。
風に混じって、微かな叫び声――。
「……まずいな」
俺は杖先を地面に当て、短く息を吐く。
〈展開:基礎〉
透明の膜が足元から広がり、視界の角がわずかに明るくなる。空気の密度が変わる感覚。耳に入る音の層が整い、遠くの音の形が見えるようになる。
森の縁、二筋の金属音。人間のものと、爪の擦れる音。大型の犬のようなリズム――いや、違う。四肢に加えて尾でバランスを取る動き。森狼種より重い。
俺は順に式を重ねた。
〈支援:脚〉速度の補正、小幅に
〈支援:視〉周辺視野の拡張
〈支援:呼〉呼気の整流
地味で、戦士に渡せば一層映える魔法。だがいまは、俺自身の脚に載せる。
森へ踏み込むと、土が柔らかい。湿った草の匂いと、鉄の匂いが濃い。
視界が開けた瞬間、倒木のそばで一人の女が片膝をついていた。鎧は端麗だが泥に汚れ、肩口から血を流している。目の前で、灰色の獣が背を丸めた。
獣の横っ腹には、折れた矢。女は短剣一本で距離を保っていた。
俺は声を張った。
「動かないで」
杖を地面に突き、式を切り替える。
〈投射:衝〉
空気の層が一瞬だけ硬くなり、獣の膝を打つ。体勢が崩れた一拍、女が滑り込むように立ち上がり、首筋へ刃を入れた。
獣が呻いて揺れ、やがて倒れる。沈黙。鳥の声が戻る。
女は息を吐き、短剣を下ろした。
もちろん、最初に向けられるのは感謝ではなく警戒だ。冷ややかな青い瞳が、俺の杖の先と顔を交互に測る。
「……支援系か」
「〈衝〉も少しだけ。怪我を見せてくれ」
「断る」
即答だった。だが女の肩から滴る血は、拒絶の強さに反して正直だった。
俺はため息をつき、ゆっくりと距離を詰めないように腰を落とした。小袋を開け、爺さんから貰った銀粉を指で摘む。
「止血だけ。触らない」
式を描く。
〈補助:結〉
微細な粉が血と混ざり、薄い膜のように傷口を縫っていく。女の眉がわずかに緩む。
「……助かる」
「俺もだ。君が倒れてたら、獣は二匹いた。俺は走って逃げるしかなかった」
女は短く笑った。緊張が解けたのか、背もたれ代わりに倒木に座り込む。
「名は?」
「カイル。補助術師。君は?」
「アリシア。王都騎士団――だった者だ」
だった、に引っかかる。俺は問いを飲み込んだ。人には触れられたくない順番がある。
彼女は自分の腕の血を指で拭い、俺を真っすぐ見た。
「さっきの“結い”の式。王都の術式じゃない。どこで学んだ」
「畑で。……いや、半分は比喩だ。理屈は同じだろ。土を押さえる、根を導く、水を回す。人の身体も、どこかで同じ形をしている」
「ふむ」
狼の死骸を見やり、アリシアは立ち上がった。わずかなふらつき。俺は手を伸ばしかけて、引っ込める。彼女はそれに気づいて、口の端だけで笑う。
「礼を言う。助かった。……どこへ行く」
「ハウラ村。辺境で畑を耕す」
「奇遇だ。私も――そこへ向かっている」
俺は瞬きをした。森の向こうに伸びる獣道。二人分の影。
世界はときどき、こちらの準備と関係なく話を進める。
アリシアは剣の鞘を打って歩き出す。
俺は少し遅れてついていく。枝のしなる音、遠ざかる王都の鐘の幻聴。
胸の穴はまだ塞がらない。けれど、穴に風が通る感覚があった。
ハウラ村は、山の向こうだ。
そこで土に触れ、静かに暮らして――それで終わるはずだった。
「……あれを見ろ」
アリシアが指を上げる。森の切れ目の先、谷底の向こう。
薄い煙が上がっていた。村のある方角から。
煙の色は、祝祭の白ではない。乾いた木が焦げる、灰混じりの色。
俺たちは顔を見合わせ、言葉より先に走り出した。
杖先が地面をたたくたび、式が積み上がる。脚、視、呼、心。
地味だと笑われた魔法の上に、足音が重なっていく。
――この日、辺境で始まるはずのスローライフは、わずか数時間で予定を変えた。
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