1.引き出しの中の返事


 朝起きたら、僕の郵便受けに自分宛の辞表が届いていた。

 封筒の中には、手書きのメモ。


「辞めます。今までありがとうございました。

 あなたの『やる気』より。」


 僕はソファに沈み込み、リモコンを手にしたけど、

 テレビは電源がつかなかった。

 代わりに画面に、文字が浮かんだ。


「映しても、あなた見ないでしょう。

 私も辞めます。テレビより。」


 冷蔵庫は冷えなくなっていた。

 開けると、バターがとけていて、ポストイットが貼ってある。


「もうあなたに冷えた愛情を提供するのは限界です。

 冷蔵庫より。」


 家中のものが辞めていった。

 炊飯器、鏡……。

 靴下は左右別々に暮らすことに。

 しまいには右のまぶたまで辞めた。


 その夜、ふて寝していると、引き出しがひとりでに開いた。

 中から、古いノートと、インクのにおい。

 小学生のころに書いた落書きと、「大きくなったら何になりたいか」の作文。


 へたくそな字で、「ゆうめいな、さっかさんになる」と書かれていた。


 引き出しの底に、もう一枚。

 裏にはこうあった。


「まだ、ここにいます。

 あなたの『初心』より。」


 僕はゆっくりと引き出しを閉じた。

 不思議と、電気ポットが湯気を出し始めた。


「コーヒーでもいかが?」

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