さようなら、戦乙女①

 用意された朝食は、とてもおいしかった。

 こんがりと焼けた分厚めのトーストに、コクと風味が豊かなバター。皮はパリッとしていて中からは肉汁が溢れるソーセージや、とろりとした食感が良い焼きトマト、甘くておいしいイチゴもあった。

 クラルス王国では考えられない朝食だ。基本的には、レオンハルトとエルは硬めのパンに何かしらのフルーツ。稀にハチミツがついてくる程度。アードルフだけがやわらかそうなパンにジャム、カリカリに焼いたベーコンとポタージュなど、とにかく種類が豊富だった。これは、国王は何を食べるか選ぶ権利があり、そのためには選べる量を並べておかなければならないというアードルフの自論からだ。

 それに比べて、アウレア王国は国王であるユリウスも敵国から来ているエルも食べるものがまったく同じだった。他国でこんなにも食べさせてもらえるとは。これもまた、ユリウスの指示なのだろう。彼はエルを愛していると言っていた。エルがほしい、手に入れたいとも。破格とも言えるこの振る舞いは、これらが理由なのではないかと推測できる。

 が、エルには理解し難い。隣を歩くユリウスを横目で見る。

 食事を終えてから、ユリウスに誘われて庭園を歩いていた。そよそよと優しく吹く風に、色とりどりの花達が楽しそうに揺れている。ユリウスは頑なに前を向いていて、エルを見ようとしない。いや、正確に言えば、チラチラと何度も見られてはいるものの、視線を合わせてはもらえていない。

 理解し難いのは、ユリウスの過剰とも思える行動だ。ちなみに、この行動もその一つ。

 食事の際、ユリウスやアルベルトに毒味役がいるのはわかる。朝食時も毒味役がいて、出されたものが安全かどうか一つ一つ丁寧に確認をしていた。

 だが、重要人物でも何でもない、敵国からやってきたエルの毒味役をユリウスが買って出るのはいかがなものか。

 元より、アウレア王国の者達にはよく思われていないのだ。誰かがエルを暗殺しようと企てている可能性もある。その覚悟をして朝食を口にするつもりでいたのだが、ユリウスが取った行動により場は騒然となった。

 ナイフで一口サイズに切ったソーセージを食べようと、フォークに刺したときだった。何故かエルの隣で朝食を食べていたユリウスが、力強く目を瞑りながら口を開けてこちらを向いたのだ。

 その意図がわからずに黙って見ていると、痺れを切らしたのかユリウスが目を開いた。相も変わらず、すぐに逸らされてしまったが。視線だけを素早く動かしてエルを窺いながら、もごもごと口を開く。


「……エルが食べさせてくれないと、毒味ができないだろう」

「ユリウス。お言葉ですが、わたしに毒味は必要ありません。それに、貴方は国王です。毒味などするべきではありません」


 いくらなんでもおかしい。しかし、ユリウスは譲らなかった。


「確かに俺は国王だが、エルを愛している一人の男でもある。エルを危険から遠ざけたい、守りたいと思うのは当然だろう」

「あの、先程からどちらを向いて話されているのですか」


 声から真剣なのは伝わってくるものの、ユリウスの視線は明後日の方向を向いていた。

 このあとしばらく「毒味をする」「しなくていい」と押し問答が続いたが、結局エルが折れることに。しかも、今回だけではなく、今後も食べる前にはユリウスへ一口分をエルの手で食べさせることになってしまった。

 自分の身を挺してまで国王が毒味役を買って出るなどありえない。誰の身よりもその身が大事だというのに。

 何より、エルが食べさせなければならないというのはどういうことか。そうしないと食べられないと言い張るため、では何もしませんと返せば「それではエルを守れない」と駄々をこねられた。

 このときの「エルを守る」というのは建前のようにも思えたが、そもそも誰かに守ると言われた経験がないため何だか落ち着かない。


(……国王ではなく、わたしを愛する一人の男性だから守りたいと、そのように仰られていましたが)


 愛していれば、危険すらも厭わないものなのか。

 そのとき、ユリウスの足が止まった。エルも足を止め、ユリウスを振り向くも視線は少し下げて目を見ないようにする。


「どうされましたか?」

「……エルは、俺のことを気にしてくれているのか」

「え?」

「その、歩いている間、花ではなく俺を見ていただろう」


 ユリウスは身体の向きは真正面を向いたままだが、両手の指を絡めたり外したりとモジモジとさせ、顔を赤く染めている。

 確かにユリウスを見てはいた。気にしていたのかと言われれば、気にはしていた。

 さて、どう答えるべきか。悩んでいると、ユリウスが小さく笑う声が聞こえた。


「まあ、俺もエルをずっと見ていたのだがな。花よりも可憐で、この世の何よりも美しい。永遠に見ていたい。見ていると胸が苦しく息ができなくなるが、エルから与えられているものだと思えば、それさえも愛おしくなってきた」


 エルの視線を避けるようにして盗み見ているようなものだったが、それを「ずっと」とは捉え方の問題か。

 そう疑問には思いつつも、気になったことがあった。


「ユリウスの仰っていることがわかりません。苦しくなるというのに、どうしてわたしを見ていられるのですか?」


 見ていて苦しいのであれば、見ないようにすればいい。なのに、わざわざ見て苦しむ。けれど、その苦しみさえも愛おしいと思えるようになってきたとは、一体どういうことなのか。

 少しの間を置いた後、ユリウスはエルを一瞥してから悩ましげに口を開いた。


「俺も初めて芽生えた感情のためうまく言えないが……これが人を愛するということではないか?」

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