褒められるの、久しぶりだな
配信を終えて三十分。
モニターには、さっきまでのログが残っていた。
コメントが流れたまま止まっている。
八人。
たったそれだけなのに、心臓はまだドクドクしていた。
「……見てくれたんだな、ほんとに」
呟きながら、冷めたカップラーメンにお湯を足す。
味なんてわからない。でも、今は何でもいい。
配信を終えた安心感と、妙な高揚が入り混じっている。
スマホが震えた。
明香里からだ。
恐る恐る開くと、いくつもメッセージが届いていた。
『凪!! 初配信見たよ!!!』
『緊張してるのめっちゃ伝わったけど、ちゃんと話せてた!』
『魚の話、普通に面白かった!』
思わず笑ってしまった。
――見てたのか。
あの五人の中のひとりは、やっぱり彼女だったんだな。
『ありがとう。途中でトラブって焦ったけど、なんとか最後までやれた』
『てか、あんなグダグダだったのによく見てられたな……』
すぐに既読がつく。
そして返事。
『そういうのがいいの! リアルでもさ、完璧な人より応援したくなるやつ!』
『あとね、声。思ったより合ってた。聞きやすい。』
スマホを持つ手が止まった。
“合ってた”。
たったそれだけなのに、心臓が跳ねる。
(……明香里に褒められるの、久しぶりだな)
昔、テストでいい点を取ったときも、彼女は「すごいね」って笑ってくれた。
その声の感じまで、思い出してしまう。
『ありがと。ちょっと自信出たかも』
送ってから、気恥ずかしくなってスマホを伏せた。
そのまましばらく机に突っ伏していると、また通知が鳴る。
『凪、やっとスタートラインに立ったね。』
『これから少しずつでいいから、“碧海凪”を育てていこうね。』
“育てていこう”――その言葉が、静かに胸に残った。
パソコンの画面に戻る。
再生数「8」。
登録者「3人」。
たぶん全員、知り合いだ。
現実の数字が、静かに夢を冷やす。
(これが、現実か……)
頭ではわかっていた。
いきなり人気者になれるわけがない。
けど、やっぱり少し寂しかった。
潮風が入ってきて、カーテンが揺れる。
ふと窓の外を見ると、月明かりに照らされた海が静かに広がっていた。
波の音が、まるで拍手みたいに響いてくる。
(俺の声、どこまで届くんだろう)
小さく呟いて、ノートを開いた。
次の配信のテーマを考える。
「深海魚の世界」「人に知られていない魚の恋」――
気づけばページが埋まっていた。
どれだけ小さくてもいい。
誰かの心の中で、一瞬でも光る声になりたい。
そんな気持ちが、確かに胸にあった。
その夜、眠りにつく直前。
明香里からのDMを見返す。
『最初は誰でも伸びないもんだよ。』
『でも、好きで続けてたら、ちゃんと届くから。人気者にもなれるしね。』
――優しい言葉だ。
けど、どこか不思議な説得力があった。
まるで、実際にその景色を見てきた人みたいに。
(……なんでだろ)
そう思ったまま、瞼がゆっくり落ちていく。
潮騒の音が遠くで揺れていた。
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