第11話 夜光虫
俺とアスターが無事に朝から晩までひっつきながら生活できるようになり、アスターには激しい成長期が来ていた。
一ヶ月で身長ってこんなに伸びるものか? と不安になるほど雨後の筍のごとく伸びている。最近は隣に立たれると圧迫感にちょっと「うおっ」となるほどだ。部屋が一気に狭くなったようにも感じる。
夜中なんてアスターの苦しげにうめく声が聞こえ、また毒でも盛られたのかと飛び起きたらただの成長痛だった。膝や足首をさすると痛みがマシだというので、一緒に寝ながらさすってやった。足ばかり伸びるのか? まあ、律樹も股下が五キロメートルくらいあったし、そのくらい伸びるか……。
俺が作った解毒薬により体調不良がなくなって、アスターは食欲も増え、健康そうだった。最初はいかにも「自分が食べすぎているのではないか」と不安そうにスプーンを動かしていたが、俺が食費も学費に含まれているんだから食えるだけ食っておかないと損だ、と説得すると徐々に食べるようになった。
そのおかげか、入学以来一日も欠かしたことのない鍛練が実ったのか、身長だけではなく肩幅や胸囲も目を見張るべき成長を見せている。アスター本人すら急激に成長する自分の体についていけず、よく物にぶつかっていた。
問題なのは服だった。制服は学院から支給されるので問題ないが、休日に着る服がことごとくサイズアウトしてしまったのだ。俺はアスターのことを彼の親よりよく見ているのでアシュフォード家に手紙を出し、兄ニールの着ていた服を送ってもらった。最初は俺から物をもらうことを断固拒否していたアスターも、着古しだからと押し付けると渋々袖を通した。
身長が伸び、体格が良くなり、公爵家嫡男おさがりの上品な服を着たアスターは、ファンの欲目を差し引いてもちょっと異常なほどにかっこよかった。
登校するとクラスメイトがざわつき、休日に図書室へ行けば上級生同級生問わず生徒たちの視線を集め、街へ出れば女の子たちが見とれてひそひそと噂話をする。俺は最推しの顔がようやく真価を発揮し始めたことに喜びを隠せなかった。
アスターの方も薄々俺が彼の顔ファンだということに気が付き始めているらしく、ふとした拍子に「ライルは俺の顔が好きだから」と言う。事実だ。彼の自己肯定感が高まって嬉しい。筋力と自信のどちらが作用したのかは分からないが、猫背も治った。
嫌な濁りを見せていたペンダントの方はというと、なぜか日を追うごとに、何もしていないのにちょっとずつ白くなっている。壊れたのかもしれない。一度しか見ていないが、説明になかった赤で光っていたし。とは思いつつ、大体の指標として首から下げてはいる。
季節が変わって制服が半袖になり、授業内容も少しずつ変化していた。
俺とアスターは週刊少年誌ほど厚みのある嘘みたいに重い教科書を持って学院裏の森へ来ていた。
「どれにする?」
教科書を開きながらアスターが聞いた。
魔法生物学の授業で出された、下級生物を採集する課題の話だ。下級とはいえ、魔法を使う生物は危険なのでペアでこなす必要がある。
「簡単なのが良い、簡単なのが良い! すぐ終わるやつ」
「分かった」
アスターは頷き、教科書をパラパラまくってノートに何かを書き込み始めた。賢いし努力家だし剣は強いし、お前に欠点はないのか? ペンを動かすアスターの、すっと通った鼻の線に夢中で俺は重大な誤解が生まれたことに気づいていなかった。
俺は『安全』かつ簡単ですぐに終わるものが良いと言ったつもりだったが、アスターは『彼にとって』簡単ですぐに終わるものを選んでしまったのだ。
俺がこの誤解に気づいたのは、アスターが準備を終えて軽々と立ち入り禁止の立札を越えた時だった。驚いてひっくり返るかと思った。慌ててアスターの腕をひっつかみ、日の当たる場所まで引きずり出す。
「お前! この馬鹿、なんで札を越えるんだよ、文字が読めないのか? 入るなって書いてあるだろ!」
「ライルこそよく読め。教師の許可なく、って書いてある。この前の授業で奥まで行かないなら入って良いって言われただろ」
全く記憶にないが、アスターが言うならそうなんだろう。俺は方針を変え、札を越えるのは危険で怖いから越えなくても採集できる生物を選ぼう、と彼を説得しにかかった。
「ここで捕まえられるのは夜光虫くらいだけど、点数が低いからたくさん集めないといけない。時間がかかる」
乗り気じゃなさそうだ。俺は教科書の索引から夜光虫をひき、危険性を調べた。五級魔法生物! 群れで行動する特性で、毒はあるが弱毒性。接地していると透明になって見えにくいが動きが遅いので初心者でも捕まえやすい!
「いいじゃん夜光虫、これにしよう!」
「でも夜行性だから夜に捕まえなきゃいけないし、合格するには五十匹は必要だ。一日じゃ終わらないかも」
「お前となら夜でも時間がかかってもいいよ、楽しいから」
「……分かった」
アスターは頷くと、捕獲に手間がかからない分、生態の調査をしっかりしないと評価が悪くなると言って図書室へ向かった。二人で協力し大量の蔵書からありとあらゆる夜光虫の本を探してレポートを作っていく。途中、クラスメイトに会うと彼らは皆さっさと終わらせたいから立札の向こうへ行く予定だと教えてくれた。あの向こうにはクモの化け物がいるのを知らないのか? 俺は全員にくれぐれも奥には入るなと言って聞かせた。
次の週末、俺とアスターはさっそく夜光虫の採集に向かった。ランタンを持ち、長袖の薄い羽織を着て裏の森へ向かう。アスターは俺の兄から貰ったおさがりのブーツを履いた。スタイルが良くて顔が綺麗だから何でも似合うな。夜に見る律樹の顔も素敵だ。
ランタンで足元を照らしながら森へ向かうと、他にも何人か夜行性の生物を捕まえに行く同級生たちとすれ違った。彼らはみなランタンの光で幻想的な雰囲気になったアスターをちらちら気にしながら「アスターくん、頑張れよ。ライルも」とか「暗いから気を付けて、アスター。ライル、こけるなよ」とか声をかけた。俺はおまけか?
「おい、絶対に奥には行くなよ。危険だからな。クモみたいな化け物がいたら走って帰って来いよ。死ぬぞ。救難信号用の発光薬は持ったか? なんで危険なところへいくのにわざわざ夜を選ぶんだよ、怪我はするなよ」
会う人間すべてに声をかけ続ける俺の隣で、アスターは人見知りで無表情になっていた。声をかけられても返事をしない。返事をしなくても顔が良すぎるせいで相手は「人見知りなんだな」「眠いのかも」「こっちの声が小さくて聞こえなかったらしい」と好意的に解釈してくれていた。
森に着くと、俺は持ってきた布を敷いて暖かいお茶の入った魔法瓶を並べた。アスター用のお茶には例の解毒剤入りのミルクを入れてある。一回の服用で十分な効果を発揮すると書いてはあったが、有害な薬ではないし、万が一があったら嫌なので薬の残量を見つつ定期的に混入させているのだった。アスターもホットミルクは気に入っている様子だった。
「夜はやっぱり肌寒いな」
「うん」
ここ最近夏は夜でも暑かった東京とは違い異世界には地球温暖化の影響が及ばないらしい。学院を出た時も風が冷たいと感じたが、森は木が鬱蒼と茂っているからかなおさら寒く感じた。念のためにブランケットを持ってきておいてよかった。俺は片側を肩にかけ、もう片方の端でアスターの体を包んだ。
アスターが持っていたランタンで、開いたノートを照らす。
「あと十分くらいで活動時間だ。動き出すと藤の花の匂いがする」
「藤の花ってどんな匂いか分かるか?」
俺はさっぱり分からない。
「うん。薬草学の先生に嗅がせてもらったから」
予習が完璧すぎる。俺はアスターの頭を撫でた。まっすぐな黒い髪がさらりと揺れる。
俺たちは雑談しながら時間が経つのを待った。
話題は主に学院の生徒や教師、授業内容についてで俺は初級呪文学の若い男性教師について「赤と黒のチェックのシャツはダサすぎるだろ」というダメ出しでひとり白熱した。顔面偏差値が七十を越えない人間にチェックを着る資格はないというのが俺の持論だ。もちろん、律樹とアスターは着てもいい。
チェックシャツの話が終わり、部屋のテラスをそろそろ掃除しないと、という話題にうつった時だった。
青くて甘い匂いがする。
「来た」
アスターがランタンの火を吹き消す。
夜光虫だ。
暗闇の中を、ちらちらと青白い小さな光がいくつも舞っている。俺は立ち上がり、虫取り網を持った。
最初の数匹は難なく捕まえられたが、二匹目以降は難航を極めた。警戒した蝶がみなどこかへ止まり透明になって姿を隠してしまったのだ。やみくもに動いては動きの遅い虫を踏んで潰してしまうだけだ。
仕方なく敷き布の上に腰を下ろし、夜光虫がまた動き出すのを待つ。アスターが虫かごの蓋を閉めた。
俺たちはしばらく息を殺し、膝を抱えて身じろぎせず過ごした。が、いつまで経っても夜光虫は光らない。そのうちに俺の方が痺れを切らし、敷き布の上にごろりと横になった。アスターが腹の上にブランケットをかけてくれる。
「そういえば」
めずらしく、今度はアスターが口火を切った。
「冬の長期休暇で、バイトする」
「バ、バイト⁉」
驚いて思わず体を起こす。アスターは「うん」と頷いた。
「街の食堂に求人が出てたから。孤児院にはもう俺の部屋がないし、学院から通う」
「食堂……⁉」
カフェとかの方が良いんじゃないか? 食堂でその顔は無駄遣い過ぎるだろ。いやいや、そもそも、アスターに接客なんてできるのか? 俺は一気に心配になり、おろおろしてしまった。
「大丈夫なのか? 俺も一緒に行こうか……、でも長期休暇は家に帰って来いって……いやでも……」
「ひとりで働ける。料理を作るだけだ」
ホールではないらしい。俺はやや安心した。アスターにとってサービス業はどう見ても世界一向いていない職業だ。とはいえ、やはり入学以来ずっと見守ってきたアスターをひとりで社会に放り込むにはまだ不安があった。学院に来るまではしっかり一人で生きてきたのだから過保護になるのは逆に失礼だとは思いつつ、彼と俺にたくさんの人間の命がかかっていると思うとうかうか長期休暇を過ごしていられない。
「ちょっと待って、手紙で聞いてみるから……」
「うん」
せめて一か月半ある長期休暇のうち、半分でも学院に残れれば……。
結局、そのあとも夜光虫は現れなかった。仕方なく切り上げることにして寮へ帰り、土曜と日曜も全く同じ流れを繰り返した。捕まえられたのは合計二十匹。目標数の五分の二だ。課題提出まで、週末はあと一回しかない。俺とアスターはまた図書室へ通い、効率的な夜光虫の捕まえ方を調べた。
「藤の花があると、匂いで仲間だと思って寄ってくるって」
「でも、季節じゃないから簡単に手に入らないよな。店に行く時間もないし……、先生に頼んだら貰えるか?」
「森に違う季節の植物は持ち込めない。生態系を壊すから」
アスターは課題の注意事項を読み上げた。しっかり書いてある。
「なるほどな……」
その他にも、仲間の夜光虫を潰すと体液の甘い匂いにつられると書いてあったが虫を潰すのは俺が無理だった。吐くかもしれない。そもそも、捕まえた夜光虫さえ薄目でしか見れない。アスターの方は虫に強い性質だったらしく、律儀に朝晩餌をやって世話をしている。
俺はとりあえず藤以外の花を集めたり、クラスメイトや寮の先輩から藤に近い匂いの香水を借りたりした。アスターは図書室で物語本にまで目を通し、ほとんど伝承のような「特定の音で夜光虫を呼べる」という一文を見つけ出したがそれがどんな音なのかも、そもそも事実なのか伝承なのかすら特定できなかった。
不安を抱えながら迎えた金曜日、全ての対策が不発に終わった。
もう虫を踏みつぶすしかないのかもしれない。アスターにやらせるくらいなら俺がやる。ブランケットと魔法瓶を入れた籠にゲロ袋を足す。
裏の森につき、一心不乱に打開策を探して教科書を読みふけるアスターの横に寝転がる。精神統一だ。万が一に備えて、捨ててもいい靴を履いてきた。くだらない課題のために踏みつぶされるかわいそうな虫……。どんどん沈んでいく気分を変えたくて、俺は口笛を吹いた。世界観に合わせてクラシックだ。が、クラシックの手持ちが一曲しかなかったため早々にアスターボーイズの曲へと変更を余儀なくされる。一曲目にミリオンヒットを飛ばしたデビュー曲を選んだ時だった。
「あ……!」
夜光虫だ。俺は体を起こし、本に顔を埋めんばかりに集中しているアスターの背中を叩いた。
もしかして、夜光虫を呼ぶ『特定の音』は口笛だったのか? 俺は仮説を立証すべく、虫が透明になって姿を隠すたびに口笛を吹いた。アルバム曲からユニットソングまで、アスターボーイズ全部盛りだ。セカンドツアーセトリのアンコールまで吹き終わって、ようやく五十匹を捕まえることが出来た。俺は達成感のあまり、やや離れた場所に網を持って立っていたアスターに飛び掛かるように抱き着いた。首に腕、腰に足を巻き付け完全に体重を預けた俺をアスターの腕が慌てて抱える。
俺たちは互いに健闘を称え合い、夜光虫の新たな生態を解明したんだからレポートは最高評価に違いないと言い合った。帰るために足元にあった虫かごを抱えようとしゃがんで、後ろから闇を引き裂くような悲鳴が聞こえた。
「助けてくれ!」
立札の奥からだ。俺は弾かれたように立ち上がり、考えるより先に声のした方へと走った。後ろから名前を呼ぶアスターの声が聞こえる。
立札を越えると、先ほどまでの開けた草原とは違い、背の高い木が密集しているせいで視界が一気に暗くなった。ぎゅっと目を閉じ、もう一度開く。闇に慣れた目で周囲を見渡して声の主を探す。ひときわ太い木の根元に、クラスメイトがしゃがみこんでいた。
「大丈夫か?」
駆け寄って肩を支える。クラスメイトは怯えたように頭を抱え、片手で背後を指さした。顔を向けると、そこには大きな蛇がいた。ぞっと肌が粟立つ。蛇は彼のペアであるもう一人の少年の体に、太い体を巻き付けて締め上げている。暗闇の中で、金の目が光ってはっきりと浮かび上がっていた。
「歩けるか?」
俺は大蛇から目線を放さずに、震える声で聞いた。相手ががくがくと首を上下に振るのが手から伝わる。
捕まっている少年の顔は見えないが、体は抜け出そうともがいているのか、全身に力が入って時折痙攣するのが見えた。時間がない。俺は蛇に視線を固定したまま、静かに足元の石を拾った。
石をぎゅっと握りながら、震えている少年に向かって話す。
「ゆっくりでいいから、学院に行って先生を呼んで来い。行けるな? よし。じゃあ数えるぞ。さん、に、いち!」
少年が走った。同時に、俺は握った石を蛇に向かって思い切り投げつけた。命中。大蛇が唸り声をあげて威嚇する。俺は間髪入れずに次の石を投げた。最悪、捕まっている少年にあたっても仕方ない。蛇に殺されるよりは怪我をする方がましだと思ってもらう。マジで球技が得意で良かった。一芸は身を助く。
投げたうちの一つが顔に当たったらしい、蛇が大きく体をうねらせ、ついに尾で捕まえていた少年を放り出した。そのまま、巨体に似合わない俊敏さで跳ねるようにこちらへ突進してきた。間一髪、近くにあった大木の幹を盾にして逃げる。が、もっと距離をとろうと動いた瞬間、足首をものすごい力で掴まれた。
体が逆さまになり、ぐんっと宙に持ち上げられる。視界いっぱいに蛇の開いた口から白い牙が見え、食われると思った瞬間だった。
「ライル!」
アスターの声だ。彼はこちらに向かって杖を構えていた。炎。俺を捕まえていた蛇の体が、一瞬にして燃え上がる。
大蛇は体をくねらせて苦しみ、俺に構っていられなくなった。宙に投げ出された俺は激しく地面にたたきつけられた。頬が勢いよく地面に当たる。頭を振って立ち上がると、めまいがした。駆け寄ってきたライルが体を支えてくれる。
ものの数秒しないうちに、炎に包まれた大蛇は灰になってしまった。体があったところに、焼け残った鱗がきらきらと残っている。
「死ぬかと思った……」
助かったと自覚した瞬間、腰が抜けた。慌ててアスターの首にしがみつくと、思いのほかしっかりと抱きかかえてもらえた。アスターが深く息を吐く。
蛇に捕まっていた少年は、幸い気を失っているだけで無事だった。介抱していると、学院の教師が数名連れだって現れ、事態は無事に収束した。あとから聞けば、警告を無視して森の奥へ入ってしまったらしい。逃げているうちに蛇を引き連れてきてしまったのだ。
俺は足首を見てもらうために医務室へ行ったが、内出血が起こっていて腫れているだけで幸い骨は折れていなかった。アスターには「あれほど札の奥に行くなと自分で言っていたのに、なんで一人で行く?」と散々詰められたが謝りたおしてなんとか許してもらった。
なお、提出したレポートは『森で火を使ったペナルティ』として最高評価に届かなかった。俺は不当評価だと主張して暴れたが、当のアスターに森林火災になるところだったのだからしかたない、と窘められてしまった。世の中は間違っている。
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