第2章 金山駅で不整脈

 待ち合わせは金山駅だった。


 金曜の夜ということもあり、たくさんの人が行き交っている。

「弥浩!」

 振り返ると佐倉佳音さんが立っていた。レザーのジャケットとラフなシャツは彼女のカッコよさを引き立てていて、とても似合っていると思った。人混みの中で、彼女の姿だけがくっきりと浮かび上がって見えた。

 僕は思わず見とれてしまいそうで、慌てて返事をした。

「こんばんは。佐倉さん」

「おーぅ!元気だった?」

 彼女はにこやかに返してくれた。

 その笑顔を見た瞬間、また僕の心臓は大きく跳ね上がった。

「どうしたー?」と佐倉さんが不思議そうに尋ねる。

 僕は慌てて首を振った。

 

 彼女が予約した居酒屋へ向かう。

 歩きながら尋ねてみた。

「なんで僕なんかと、もう一度会おうと思ったんですか?」

「ん?」と軽く返事をすると、「ん-…」と視線を一旦ずらした。

「そうだねぇ…。君に興味をもった…のもある」

「え?」

 ――僕に、興味を?陰キャでコミュ障でキモオタな僕に興味を持つ?はぁ?にわかに信じられない。

 これは、あれか。”絶滅危惧種”を観察してみたい、ってことなんじゃない?いわゆる怖いもの見たさ?


 そんなことを考えているのがばれたのか、彼女は慌てたようにこう続けた。

「それにさ。友達がいないんなら、暇なんじゃないかと思って!」

「それは、たしかに…」

「いいんだよ!何しろもうちょっと話がしたかったんだって」

 こんな僕で、彼女は本当によかったんだろうか。僕の不安なんて気づいていないのか、彼女はただ、にこにこと歩いていた。


 駅から少し離れた居酒屋に案内された。どうも彼女はこのお店をよく利用しているらしい。

 食事をしながらいろんな話をした。

 彼女は、学生時代にギターをやっていて、アマチュアのバンドも組んでいたらしい。

「ステージに立ってたの?」

「まぁね。あんまり上手くはなかったけどね」

「すごい。僕は人前に立つなんて、全然無理です」

「あたしはそういうの楽しいんだ。自分が頑張ってる姿を見てもらいたい」

 僕はひっそりと、誰にも見られないように生きていたい。

 ふと、歓声を浴びながら、コーナーポストに立つスカーレットキャットの姿が頭をよぎった。彼女も、あの瞬間、自分を見てもらいたいと思っているのだろうか。


 僕も聞かれるままに、趣味の話をすることになった。

「ほお……料理がご趣味ですか」

「まぁ。一人暮らしなので」

「いいじゃん。あたしも料理するけど、人に食べさせるような物は作れない」

「そんなものじゃないですか」


 女性と二人でこんなに長い時間、普通に喋ることなんて今までなかった。それよりも、気が付けば佐倉さんの目を見ながら話している自分に驚いた。

 ――女性と……見つめあいながら……。

 そんな自分に気が付くと、なぜだか急に胸が苦しくなった。鼓動が早くなるのがわかった。

 ――これって……もしかして………狭心症?

 いやいやいや、そういうのじゃない。思わずぶんぶんと頭を振った。

「どうした、弥浩。相変わらず挙動不審だな」


 慌ててレモンソーダをあおる。彼女も何杯目かの梅酒ロックを注文した。彼女は、僕の趣味をいろいろと聞いた。

「ほほぅ……それで?」「なるほど……ほかには?」

 彼女は聞き上手なのだろうか。いや、単純に僕とでは話題が尽きてしまうから、何とか会話を続けたいのだろうと思った。

 映画、ランニングなど、聞かれるままに話した。

 だけど、女子プロレスとスカーレットキャットのことはキモがられるのが怖くて話すことができなかった。

「弥浩って面白いなぁ」

 そんな僕との会話にも彼女は何度か笑った。その笑顔を見れるだけで僕の心は温かくなったような気がした。


 食事を終えた後、僕たちは駅まで一緒に歩いた。その間もずっと話が尽きなくて、もっと一緒に居たいという気持ちでいっぱいだった。

 駅までの道、なんでもない話をしていたはずなのに、僕の胸の奥はずっとざわついていた。隣を歩く佐倉さんの横顔を、何度も盗み見てしまう。この時間が、あともう少しだけ続いてほしい。そんなふうに思ってしまった。

 駅に着くと彼女は「またね!」と言って手を振った。

 僕も手を振りながら、さよならを言うと、なんだか名残惜しくて寂しくなった。だけど、彼女の笑顔を思い出すだけで、そんな気持ちは吹き飛んでしまうのだった。


 それからというものの、佐倉さんとは頻繁に連絡を取るようになった。彼女からのメッセージが来るたびに僕は嬉しくなり、彼女と会える日が待ち遠しくなった。

 その笑顔が胸の奥に残って、今も消えそうにない。


 だけどその夜、僕の頭の片隅にはもうひとつ、別の名前が浮かんでいた。

 ――スカーレットキャット。

 彼女が出場する、女子プロレス団体「ブレイズ」の愛知県大会がもうすぐだった。

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