兄が制作 × 妹が解説 = 最強配信~ほっこり兄妹の配信生活~

信仙夜祭

第1話 プロローグ

「おいハイエナ! 一次退却するから殿しんがりになれ!」


 事前準備を怠るからこうなる。

 如何にゲームの世界だとはいえ、こんな状況じゃ勝てるモノも勝てない。

 俺は、大型の盾を構えた。


(今日は盾役シールダーで準備しておいて良かった。敵は全部で十体か? 1~2分稼ぐ程度で大丈夫だろう)


 名も知らないパーティーメンバーが、俺の横を通り過ぎて行く。俺の覚える気が、ないだけだけどね。

 まあ、ゲームなんだ。

 何度死んでも挑戦し続ければ、何時かは倒せるんだろう。

 その間に、俺は『傭兵』として稼がせてもらう。


「ぐるぅあ~」


 狼の魔物モンスターが俺の盾に噛みついてきた。

 盾を押し込むと、顎が外れたようだ。シールドバッシュだな。

 次は、右方向から別個体の狼の魔物が襲ってきた。

 俺は短剣で、狼の魔物の下顎を突き刺した。下顎から鼻まで短剣ナイフが貫いて、狼の魔物は口を開けられなくなっている。

 そう、狼の魔物は口を開けないと攻撃力が半減する。

 まあまだ、前脚の爪があるけどね。

 短剣一本を捨てて、新しい短剣を抜く。短剣は、使い捨て用の安いモノにしておいて良かった。


「囲まれる前に、移動するか」


 機動力で、狼の魔物に敵うはずもない。

 全部で何体いるのかも分からないしね。

 スピードが違い過ぎる。

 こちとら、人型のアバターなんだ。


 ──スカ、スカ、スカ……


 狼の魔物の攻撃は、当たり判定されない。俺が全部躱しているからだ。

 現在は、重装備でステータスが落ちているけど、元々持っている俺の反射神経であれば、この程度の魔物は相手にならない。

 まあ、装備が貧弱なので複数に襲われると負けるんだけどね。


「残りは、短剣が一本か」


 このゲームでは、武器は消耗品だ。

 修繕すれば、長く使えるがロストすることもある。

 俺は……、生活のためにゲーム内の通貨とアイテムを現金化している。

 なので、最低限の装備しか持ち合わせていない。


 考えながら走り回っていたのだけど、囲まれてしまった。

 スピードに差があり過ぎるんだよ。

 まあ元々そんな設定なんだろう。


 ゲートの入り口を見る。

 今、最後のパーティーメンバーが退出した。


「さて、少しでも稼いでおくか」


 俺は、能力スキルを解放した。



 ◇



「……」


 死亡してセーブポイントに戻って来たみたいだ。

 一人になってから稼いだ経験値とアイテムは、全て俺に入っているな。


伝説レジェンド級の名を冠する武器があれば、ソロでボス討伐も可能だったのにな……)


「おう、ハイエナ。戻って来たか」


「今日はどうします? もう一度アタックしますか?」


 今日の雇い主に聞いてみる。

 悪い奴ではないんだけど、良い奴でもない。

 ゲーム内ランキングは、上の下ってとこだ。

 そして、トップランカーとは天と地ほども離れている。


「今、消耗品を買い出しに行かせた。もう一回だけ頼むわ」


「了解」


 正直、俺が指揮すれば勝てる相手だ。

 俺が前面に出てもいい。

 だけど、そうすると目を付けられる。


 もう、トップランカー達と関わり合いたくないのが本音だ。

 それがゲームの世界だったとしてもだ。



 その後、消耗品と薬品を揃えたパーティーが、再度ボス戦に挑んだ。

 俺は、後方支援だけだ。アイテムの補給と回復だけ。

 盾が邪魔だな。

 そして……、全滅した。


(まあ、勝ったり負けたりしている時期が、一番楽しいんだろうな)



 ◇



「今日は残念だったな。ハイエナ、また頼むわ」


「……まいど、またよろしく」


 今日の分の傭兵としての賃金をもらった。

 もう時間も遅いので、その場でログアウトした。



「ふう~」


 VRゴーグルを外す。

 現実世界で、ため息が出た。

 椅子の背もたれに寄りかかる。

 そうすると、目を塞ぐように柔らかい物体が襲ってきた。


「うぐ?」


 体を捻って、脱出する。

 転倒しなくて良かった。つうか、首から『グキッ』って音がして痛いんだけど?


お兄おにい、おつかれさま。ほい、ジュース」


 背後から襲って来たのは、妹の莉奈りなだった。

 そして、襲ってきた物体は、妹の手だった。目隠しで脅かすって、昭和か?


「今日はどうだった?」


「今日はボス戦の手伝い……、傭兵だな。それと、ソロで少し稼いだ程度かな? ちょっと待ってくれ。換金する」


 このゲームは、現実通貨ではなく、仮想通貨に交換できるシステムがある。

 一度仮想通貨を経て、現金化する流れだ。

 昔、直接交換できたらしいけど、悪さをした奴がいたらしい。

 今の俺なら……、その気持ちも分かるな。


 ──ピロン


「わあ!? 今日は多いね。お兄、ありがとね」


「悪いが、食事を頼むね。俺は少し休ませてもらう」


 妹が、俺の頭をクチャクシャする。


「美味しいモノを作るね。もう、スーパーも閉店間際だからさ、ちょっと値引き品買って来るね」


 妹が、買い出しに出かけた。



 ◇



 俺の名は、闇紅達人あんこうたつひと。妹は、闇紅莉奈あんこうりなだ。苗字はグロテスクな魚ではないですよ。

 高校を中退して、アルバイト生活をしてたんだけど、VRゲームの方が稼げると分かり、引き籠り同然の生活をしている。

 何とか働き口を探したんだけど、結局は上手く行かなかった。


 ネットを使ってデータ整理くらいならできそうだったけど、資格持ちには敵わない。独学にも限界がある。

 最低賃金のパートにありつけた時もあったが、就業時間の制限をかけられた。

 フルタイムで働きたい俺は、不満を抱えつつ真面目に働いた。だけど、契約終了を言い渡される。


 両親は、蒸発してしまい、音信不通だ。

 頼れる親戚もいない。

 行方不明者届や失踪届を勧められた際には、会ったことのない親戚が出て来たくらいだ。

 そして、歳の離れた中学生の妹がいる。

 唯一の救いは、祖父の代からのアパートがあることかな。家主は俺に変えてあるので、誰かに盗られることもない。

 築40年経過しているので、建て替えの場合は、出ないといけないけどね。

 税金の免除を受けつつ細々と生活している。妹の高校卒業まで、俺は死ねない。


(泥水を啜ってでも生きる。二人で泣きながら誓ったんだ)


 生きる理由なんて、何だっていいんだ。

 他人からどう見られているかなんて、些細ささいな問題にしか感じなかった。



「お兄、ご飯できたよ~」


「ああ、ありがとう」


 ゲーム部屋から移動する。

 ゲームしながら食べてもいいけど、万が一パソコンが逝ったらマジに詰んでしまう。

 中古品だらけだけど、高性能な部品で組み立てたパソコンなんだ。後五年は動き続けてもらわないと困る。


「肉野菜炒めか?」


 今日は、少し豪勢だな。


「お肉が安かったので、買い占めて来た。冷凍するからこれから毎日、お肉が食べられるよ~」


「……」


 この肉好きは、慣れないな。俺は、穀物が食べたい。


 冷凍庫も一杯なんだけどな。

 このちょっと抜けている妹に、生活全般を頼っている俺が、不満を言える立場でもない。

 俺は、料理が下手で妹に頼っているんだし。

 料理レシピを増やしてもらい、節約の技術を学んでもらおう。

 料理レシピは、ネットでいくらでも検索ができる。


「「いただきます」」


 塩胡椒だけの味だ。ご飯とみそ汁は、流石に慣れたみたいだな。もう、失敗することもなくなった。


「もくもぐ。美味しかったよ、ごちそうさま」


「おそまつさま。洗い物してから勉強するね」


 妹は、非常に頭がいい。このまま行けば、奨学金も夢じゃないほどだ。

 自分の置かれた立場を理解しているのだろう。

 俺は……、妹が大学に進むためならば、なんだってできる。

 最悪、捨てられてもいい。


 重荷にだけは、なりたくなかった。


「俺はもう少し稼いでから寝るから」


「少しは運動してよね? 夜の散歩くらい行って来たら? コンビニまでとかさ」


 ──対人恐怖症。


 それが俺の病名だった。心から嫌だと思う空間に居続けた結果、病気を患い妹の負担になっている。

 我慢して頑張ったんだけど、笑えない現状に陥っている。


「ああ、夜中にコンビニでも行って来るよ。雑誌の立ち読みくらいしたいしね」


 妹が笑った。



 俺は、再度VRゲームにログインした。


「他に稼ぐ手段があれば、こんな引き籠り生活をしなくても良かったんだけどな」


 俺には、才能があったらしい。

 幼少期に、格闘技と剣道を学んだ。祖父は、武術全般の達人だったらしくて、基礎を教えてもらった。

 そして他人との差に気が付いた。


(反射神経と繊細な指先は、特技になるんだな)


 活かし方が分からずに、eスポーツ部に誘われたんだけど、それが元で学生生活が終わってしまった。

 そして本当に追い詰められている今、考えた末に『VRゲームで稼ぐ』方法に辿り着いた。


 人によっては、働いていないと言うかもしれない。

『職業として認められない』と、何度も言われた。

 だけど、生活できている。

 税金も納めている。


 今の生活を誰にも批判させない。

 批判するのであれば、俺にもできる仕事を持ってこいと言ってやったら、誰も来なくなった。


「ゲームが下手なら死ぬだけだしね」

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