第20話 想い惹く重力

 夕陽が窓辺に沈みかけ、部屋にオレンジ色の光が広がっていく。

「フユ、アキ、話せて良かった。私は天界に帰るぞ」

 ユキが立ち上がる。透き通った羽根が光に揺れ、天界の神秘的な雰囲気を感じさせた。

「また来てね、ユキ。フユのこと話すの楽しかったよ」

「ふん……まあ、考えることが増えたよ」

 ユキが小さく笑った。ユキとも仲良くなれたような気がする。


「え~、ユキちゃん待ってよ~!」

 お別れムードを打ち破り、チカが突然ユキに飛びついた。

「な、何だ、だいぶ長居しただろ!」

「どうせならユキちゃんも泊まっていきなよ~! みんな一緒の方が楽しいよ~!」

 チカはそのままユキを引っ張る。

「ユキちゃん、たまには人間界でゆっくりするのもいいと思うねぇ~」

「泊まるって……」

「ユキ、泊まってかない? 天界じゃわからない感情、見つけられるかもよ」

「フユがそう言うなら……ふん、今日だけだからな」

 やっぱりユキはフユに弱い。

「よかったらゆっくりしてってね、ユキ」

「お前のせいだからな、アキ」

 ユキはそう言って目を逸らしたけれど、口元が少し緩んでいた。


「わ~! 四人だと狭いね~!」

 チカの声が聞こえる。四人はチカの提案で一緒にお風呂に入っており、僕はもちろん別の部屋にいる。

「狭いなら一緒に入る必要はないだろう!」

「ユキ、人間界のお風呂、暖かくて気持ちいいよ?」

「だからって全員で入ることはないだろう……」

「使い方がわからないかもしれないからねぇ~」

「だから、全員で入る必要は……」

「ユキちゃん、羽根洗ってあげるよ~!」

「や、やめろ!」

 楽しそうな声が聞こえてくる。今のうちに布団でも広げておこうかな。

「ユキ、チカのテンションに慣れると楽しいよ?」

「これに慣れるのか……」

「チカちゃん、羽根がまだ泡だらけだよぉ~」

「ラク、チカを止めてくれ……」

「ねえ、ユキちゃん、アキくんも呼んじゃう〜?」

「あ、アキをか!?」

 ああ、ユキもチカの洗礼を受けている……。


「布団、四つ敷いたんだけどな……」

 いつぞやの時のように、やたら密集している。

「アキは人間だからね、私が守らないと」

「何から守るの~?」

「わたしはみんなを寒さから守るよぉ~」

「アキ、お前たちはいつもこうなのか?」

「いつもじゃないけれど……」

 ユキもしれっとフユのすぐ近くにいる。

「……ふん、やかましい夜だな」

 ユキがそう呟き、目を閉じる。ふわふわしたラクの羽根は本人の自称通り、すごく心地の良い羽根布団として僕たち全員を包んでいる。

 たまには賑やかな夜もいいか。そう思って、僕も目を閉じた。


 翌朝。

 朝日がカーテンの隙間から差し込み、リビングに柔らかい影を落としている。

「あ、アキ。おはよ」

 先に起きていたフユが、キッチンから声をかけてくる。

「チカが寝ていると静かだな……」

「チカちゃんはおねぼうさんだからねぇ~」

「ユキ、チカがいないと物足りなくなってきた?」

「そんなわけないだろ……」

 嫌だとは言わないあたり、ユキもこの賑やかさに染まってきているのではなかろうか。


「そろそろ天界に帰るよ。昨日は……まあ、悪くなかった」

 朝ごはんを食べた後、ユキがそう言って立ち上がった。

「ユキ、また来てね。フユのこと話せて楽しかったよ」

「ふん……悩みの種が増えただけだ。アキ、お前たちの絆は確かに強いが……私は絆されないからな!」

 ユキは強がるように胸を張る。

「え~、ユキちゃん、強がってる~!」

「フラグってやつだねぇ~」

「う、うるさい!」

 ユキがもともとこうだったのか、もしくは人間界を訪れてみんなに影響されたのか。それはわからないけれど、これからも仲良くできそうだ。


「ユキちゃん、次はいつ来るかな~」

 ユキが飛んでいったのを見送りながら、チカがそう呟く。

「わたしたち、追放されてる身だからねぇ~。あんまり頻繁には来れないんじゃないかなぁ~?」

「でも、きっとフユに会いに来るよ」

「会いに行けないからね、にひひ」

 どんどん小さくなっていくユキの姿を見ながら、僕たちは思いを馳せていた。



 アキの家を出て、天界へと飛ぶ。その最中、私はフユの言葉を思い出していた。


「ユキ、天使の在り方って、質量と引力のバランスだと思うんだ」

 早朝、先に起きていたフユがそう話しかけてきた。

「天界にいたわたしたちは、感情が薄くて、その質量は静かだった。でも、人間界に来て、アキと出会って、わたしの質量は揺れ動くようになった。天使の在り方は、質量が動くことで初めて定義されるんだよ。」

「質量が動くことで定義される……フユ、君らしいね。アキが君の質量を動かしたんだな」

「うん。わたしはアキに甘えてるけど、いろんなこと考えるのもやめてないよ。変わるものと変わらないものがあるんだよ、ユキ」

 まだ寝ている三人を見る。普通に寝ているアキ、寝相の悪いチカ、二人に羽根を被せているラク。

「ふん……確かに、君の哲学が生む引力は今も強いよ。わたしの質量も、少しは揺れたのかもしれないな」


「……私は、天界の天使だからな」

 自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

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