第10話 暖かくして、おやすみなさい
家に着いた時、夜はもうすっかり深まっていた。窓から入る街灯の光が部屋を薄く照らして、遊園地から飛んで帰った時の興奮がまだ少し残っている。四人でリビングに座っていると、チカが何か思いついたかのように目を輝かせた。
「ねえ、今日はアキくんの家に泊まっちゃおうよ〜!」
「えっ、僕の家に?」
「楽しそうだねぇ〜。アキちゃん、いいかなぁ〜?」
ラクもふわっと笑いながら聞く。フユに目を向ける。
「アキ、たまには賑やかな日があってもいいよね」
そう言いながら、フユが僕の手を握ってくる。フユがそう言うなら良いか。
「まあ、いいよ。そんな広くないけどね」
「やった~!」
どうやら、この騒がしい日はもう少し続くらしい。
「じゃあ、お風呂入ろ〜! フユちゃん、ラクちゃん、行くよ〜!」
チカが立ち上がって、ラクとフユを引っ張ってバスルームへ向かった。
三人が浴室に向かってから数分後、ドアの向こうから楽しそうな声が漏れてきた。
「わ〜、お湯あったかいね〜!」
「チカちゃん、泡だらけだよぉ〜」
「人間界のお風呂、ほんと好きだよ」
三者三様の声が聞こえる。僕がリビングで待っていると、チカの声が一段と大きくなった。
「ねえ、フユちゃん、アキくんも呼んじゃう〜?」
「ち、チカ!?」
フユが慌てた声で叫んでいる。
「にゃはは〜、フユちゃん赤くなってるよ〜!」
「チカちゃん、フユちゃんをからかうの好きだねぇ~」
二人の笑い声が響く。
「うるさいよ、チカ!」
バシャバシャと大きな水音も混じって、浴室が賑やかだ。フユの頬が赤くなっているのが容易に想像できて、そのままお風呂に入る三人のことも想像してしまって、少しドキドキした。
三人がお風呂から上がり、チカが最初にリビングに顔を出してきた。フユが僕の隣に座って、濡れた髪をタオルで拭く。三人とも羽根が少し湿ってて、柔らかく光っている。僕は立ち上がって、浴室に向かった。
ドアを開けると、湯気がまだ漂っていて、浴槽の縁がまだ温かい。三人がここにいた痕跡が空気に残っていて、やたらドキドキした。
体を洗って湯船に浸かると、お湯の温かさが体に染みて、先ほどまでの笑い声が頭に蘇る。チカの「アキくんも呼んじゃう〜?」ってからかいの言葉がまだ耳に残ってて、フユの照れた顔がやけに頭に浮かんだ。風呂場のタイルに光る水滴を見ながら、三人が近く感じられて、全く落ち着かない。
お風呂から上がって部屋に戻ると、フユが僕の布団に座っていた。チカとラクはリビングで何か話しているようだ。
「アキ、お風呂気持ちよかった?」
フユが聞いてきた。羽根が乾いて、ふわっと輝いてる。
「うん、気持ちよかったよ」
そう答えると、フユが布団に潜り込んできた。
「アキ、わたし、ここで寝るね」
フユが僕の隣に寄りかかって、羽根が布団に触れる。僕が「うん、いいよ」って言うと、突然チカが「私も〜!」って叫んで、部屋に飛び込んできた。
「チカちゃん、楽しそうだねぇ〜」
ラクがふわっと続いて、二人が布団に潜り込んでくる。チカの翼が淡く光って、ラクの羽根が甘い匂いを漂わせた。
「え、チカ、ラク、なんで!?」
「だって、アキくんとフユちゃんといると楽しいんだもん〜!」
驚く僕に、チカが笑いながら言う。
「うん、みんなで寝たら暖かいねぇ〜」
ラクも笑う。
「チカ、ラク、狭くなっちゃうよ!」
フユがそう言いながら、僕をぎゅっと抱きしめた。腕の力が強くて、羽根が布団の中で僕に当たる。
チカが「フユちゃん、アキくん独り占めだね〜!」とからかうと、フユは「うるさいよ、チカ!」と照れ隠しをした。
布団の中ではフユの白い羽根が僕を包み、チカの星みたいな羽根が光って、ラクのわたあめのような羽根が上からふわっと広がる。狭い布団が羽根で埋まって、温かさと甘い匂いに包まれた。もはや天使の羽根布団状態である。
「アキ、こうやってると安心するよ」
フユが僕を抱きしめたまま呟いた。その声は柔らかくて、僕の手を握る力が強くなる。
「僕も、フユがいて安心するよ」
「アキくんもフユちゃんもキラキラしてるね〜!」
チカがそう言って笑う。
「うん、暖かくて気持ちいいねぇ〜」
ラクもふわっと応える。布団の中で、四人がぎゅっと寄り合っていた。フユの羽根が僕の背中に触れる。ラクの甘い匂いとチカの明るさが混じって、フユの温もりが僕を包む。
「みんなで寝るの、楽しいね〜!」
「チカちゃん、静かにねぇ……」
四人の温もりが布団に混じって、遊園地の疲れと楽しさの名残が心地よい眠気を連れてくる。天使の羽根に包まれたまま、僕らはゆっくり眠りについた。
街が寝静まった深夜。アキの部屋を見下ろす存在がいた。
その背中にも、天使の羽根。
「……フユは返してもらう」
言葉は闇に溶けていき、風が夜空を吹き抜ける。温もりを奪うかのように。
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