第7話 わたあめよりもふわふわに

 休日の昼下がり、僕の家のキッチンは甘い匂いでいっぱいだった。カウンターに並んだボウルや泡立て器、粉まみれの手。僕とフユは一緒にクッキーを作っていた。

 フユが「お菓子作りたい!」って言い出して、ネットでレシピを調べて材料を揃えたんだ。フユはエプロンを着て、小麦粉を手に持ったまま目を輝かせている。白い羽根がキッチンの明かりに照らされて、柔らかく光っていた。彼女がボウルをかき混ぜるたびに、羽根が小さく揺れて、部屋に光の粒が散る。


「アキ、クッキーってさ、幸せを固めたようなお菓子だよね。焼けたらもっと幸せになるんだから!」

 フユが早口でそう言って、にっと笑った。頬には小麦粉がついたままで、なんというか無邪気でフユらしい。僕はその笑顔に引っ張られて、生地を丸める手を動かした。オーブンから漂うバターの香りが部屋に広がって、なんだかほっこりする。するとフユが突然、冗談っぽく手を止めて言った。

「この匂いに釣られてチカが来ちゃったりしてね。『フユちゃん、私もクッキー食べたい〜!』ってさ」

 フユが笑うと、次の瞬間、窓の外からキラッと光るものが現れた。僕が目を凝らすと、それは案の定チカだった。星みたいに光る羽根を広げて、ふわっと庭に着地する。チカはそのまま窓をコツコツ叩いて、弾んだ声で叫んだ。

「フユちゃん、お菓子作ってるの〜!?」

「え、ほんとに来たの!?」

 フユが目を丸くして叫ぶ。僕も驚いて、ベランダの窓を開けた。チカが笑顔で飛び込んできて、軽く着地する。クッキーの匂いを嗅ぐみたいに鼻を動かして、目をキラキラさせた。

「フユちゃん、すごいね〜! 私、呼ばれた気がして飛んできたんだよ〜!」

「呼ばれたって、フユが冗談で言っただけなのに……」

 僕が呆然とすると、チカは「でも来ちゃったんだからいいよね〜?」って笑った。

「チカ、ほんとびっくりするんだから! でも、ちょうどいいよ。一緒に食べよ」

 フユがそう言って、焼きたてのクッキーを皿に並べる。僕たちはリビングに移動して、テーブルを囲んだ。チカがクッキーを手に取って、ぱくっと食べて、満足そうに頬を膨らませた。

「美味しいね〜! フユちゃん、アキくんと一緒にお菓子作るなんて、恋人っぽいね〜!」

「う、うるさいよチカ!」

 フユが顔を赤くして言い返すけど、照れてるのが丸わかりだ。僕はそのやりとりに笑って、クッキーを一口齧った。サクッと音がして、バターと砂糖の甘さが広がる。

 ……うん、幸せの味だ。


「ねえアキくん、アキくんがフユちゃんといちゃついてるの見ると、わたしも楽しくなるよ〜!」

「いちゃついてるって……」

 僕が戸惑うと、チカがまた笑った。部屋がクッキーの匂いで満たされて、フユの羽根が光を反射している。

 そんな時だった。窓の外から、ふわっとした影が近づいてきた。次に聞こえたのは、甘い匂いと一緒に漂う柔らかな声。

「チカちゃん、お邪魔するよぉ〜」

 窓に現れたのは、水色の髪とわたあめみたいな羽根を持った女の子だった。彼女の羽根……羽根?はフユやチカとも違って、ふわふわした綿の塊のような質感で浮いている。その羽根が風に揺れるたびに甘い匂いが漂ってきて、キッチンの空気がさらに甘くなった。

 その子はふわっと部屋に入ってきて、浮かんだままゆったりした動きでテーブルに近づく。

「ラクちゃん!?」

 チカが目を輝かせて立ち上がる。ラクと呼ばれた子は、ふわっとした話し方で笑った。

「フユちゃん、久しぶりだねぇ〜。甘い匂いが天界まで届いて、来ちゃったよぉ〜」

「え、ラクまで!?」

 フユが驚いて叫んだ。僕も目を丸くして、ラクを見た。天界って思ったより近いんだな。

 ラクの羽根が部屋の明かりに映えて、ふわふわした光が散る。チカがラクに飛びついて、肩に手を置いた。

「ラクちゃんはね、私とフユちゃんの友達だよ〜! アキくんも会えてよかったね〜!」

「チカちゃんといつも一緒だったから、アキちゃんのこともちょっと聞いてるよぉ〜。アキちゃん、はじめましてだねぇ〜」

 ラクがそう言って、僕に微笑んだ。ふわっと柔らかいラクの声とともに、甘い匂いが部屋に広がる。その佇まいから広がるふわふわした雰囲気とは裏腹に、フユやチカより、いや僕よりも背が高い。僕は一方的にちゃん付けで呼ばれたことに驚きながらも、頭を下げた。

「はじめまして。ラクって、チカの友達なんだね」

 僕が言うと、ラクは目を細めて頷いた。

「うん、チカちゃんとは天界で仲良しだよぉ〜。甘いものも好きだから、こうやって会えるの嬉しいねぇ〜」

 ラクがいただきますと手を合わせてからクッキーを手に取って、ゆっくりと食べ始める。チカがラクの隣に座って、肩に寄りかかった。チカの羽根がラクの羽根に触れて、二人が笑い合う。


 フユが僕の隣で、笑いながら二人を見た。

「チカとラク、ほんと仲いいよね。アキ、びっくりしたでしょ?」

 フユが小声で言い、僕も頷く。

「うん、天界からさらに二人も来るなんて思わなかったよ。でも、楽しそうでいいな」

 僕がそう言うと、チカが目を輝かせてテーブルに身を乗り出した。

「ねえ、せっかくの人間界だし、みんなで遊園地に行こうよ〜! アキくんとフユちゃん、わたしとラクちゃんで、ダブルデートだよ〜!」

「だ、ダブルデート!?」

 僕が戸惑うと、ラクがふわっと笑って賛成した。

「いいねぇ〜。チカちゃんと遊園地、甘いものもいっぱいあるし、楽しそうだよぉ〜」

 フユはクッキーを持ったまま、目を泳がせて、哲学モードに入っちゃった。

「ダブルデートってさ、絆が試される儀式みたいなものだよね。遊園地って場所は、楽しさと恐怖が交錯する空間で、わたしたちの感情がどう析出するか……ちょっと待って、アキ、デートって言った!?」

 早口でまくし立てるフユの頬が赤くなっている。照れ隠しで変なこと言い出したなって分かるけど、それもまた可愛かった。

 チカが「フユちゃん、照れてるね〜!」とからかい、ラクが「フユちゃん、かわいいねぇ〜」と笑う。

「アキ、遊園地、行ってみない?」

 フユが小さく聞いてくる。僕はフユの瞳を見て、頷いた。

「うん、フユと一緒なら楽しそうだから」

 僕がそう答えると、チカが「やった〜!」って手を叩いた。ラクが「楽しみだねぇ〜」って笑って、二人でクッキーを分け合う。部屋が賑やかになって、クッキーの甘い匂いと天使たちの笑い声でいっぱいだった。

 窓からの光がテーブルを照らして、チカとラクの羽根がキラキラ光っている。キッチンに響く四人の笑い声がクッキーの甘い匂いと混じり合う。この賑やかさが、僕らの日常に新しい色を加えていく気がしたんだ。

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