第4話 君と過ごす夜

 夜の部屋は静かだった。カーテンの隙間から漏れる街灯の光が、薄暗い壁に細い線を描いている。時計の針は深夜を示し、外からは時折遠くの車の音がかすかに聞こえるのみ。僕は布団に横になって、目を閉じようとしていた。

 今日は屋上でフユに告白をした。あれからずっと、頭の中がフユのことでいっぱいで、眠気なんて感じられない。風に揺れるフユの羽根とか、フユの赤くなった頬とか、とんでもなく甘かったキスとか──全部が鮮やかに蘇ってきて、胸がざわつく。

 そんな中。

「……?」

 窓の外から、小さな音が聞こえる。風が吹いているだけかと思ったけれど、なんだか足音がしたような気がして、思わず体を起こした。カーテンをそっと開けると、

「あっ」

 そこにはフユ本人がいた。


「びっくりしたよ、どうしたの?」

 そのままベランダから家に入ってきたフユは、早口で喋りだす。

「だってさ、アキと離れたらなんか落ち着かなくて、天界にいた時みたいに退屈で、でも眠れなくてさ。きみの寝顔見たら安心するかなって思って、飛んできたの!」

「飛んできたって、天使だからってそんな軽率に……」

 ここは二階である。僕が苦笑いすると、フユは目を細めて、また「にひひ」と笑った。フユの羽根が部屋の薄暗い光に映えて、柔らかく輝いている。夜の静けさの中で、その光が妙に際立っていた。

 いつもの制服じゃなくて、白いワンピースのような服。しかも甘い匂いがふわっと広がる。少し緊張してきた。だってこんな時間にフユに会うのも、フユが僕の部屋にいるのも、初めてだ。

「ねえ、アキ、しばらくここにいてもいいよね?」

 フユが布団の上にちょこんと座る。キラキラした瞳が僕を見上げる。

「う、うん、いいけど……」

 もちろん断る理由はないけれど、やっぱり落ち着かない。

 

「アキの部屋、初めて来たけどなんか落ち着くね」

 夜の静けさに、フユの声が柔らかく響く。僕は少し照れて、部屋を見回した。机の上に散らばった教科書とか、壁に貼った古いポスターとか、特別なものはない。でも、フユがいるだけで、この部屋がいつもと違って見えた。

「そうかな。普通の部屋だけど……フユがいるから、ちょっと緊張するよ」

 正直に言うと、フユは目を丸くして、それから頬をまた赤くした。

「え、アキ、緊張してるの? わたしもなんだけど、なんか変な感じだね。それとも、恋人ってこういうものなのかな?」

 フユがそう言って、毛布をぎゅっと握る。羽根が小さく震えて、窓から射す薄暗い光にキラキラと散った。僕はその言葉に、なんだか安心した。フユも緊張してるんだ。


「寝てる時って、死んでるのと同じようなものだと思うんだ。わたしを観測する人がいなくなって、わたしの存在があやふやになって、わたしの思考も止まっちゃうから」

「ちょっと、わかる気がする」

「でも、アキがいてくれるなら、安心できるな」

 フユは毛布を手に取り、布団にゴロッと横になった。羽根がふわっと広がって、枕に光の粒が散る。僕はその姿を見て、少し慌てた。だって、フユが僕の布団で寝るなんて、想像もしてなかった。

「アキも寝なよ。他者からの干渉がないと自分の存在は証明できないんだよ?」

 そう言うフユの頬は赤い。さては照れ隠しだな。

 僕は少し迷ったけど、フユの隣に横になった。布団は二人じゃ狭くて、肩が触れる距離。フユの羽根が僕の腕に当たって、柔らかい感触がこそばゆい。静かな部屋の中で、フユの呼吸が聞こえる。

「アキ、ありがとね。きみといると、天界にいた時よりずっと幸せだよ」

 フユがそう呟く。毛布越しに伝わる体温が、夜の冷たさを和らげる。フユの羽根が僕の頬に触れて、少しくすぐったい。でも、その距離が愛おしかった。

「僕も、フユがいてくれて嬉しいよ」

 そう返すと、フユの手が僕の手を握る。そっと握り返す。


 夜の静けさが、僕たちを包んでいた。窓の外から漏れる街灯の光が、部屋に淡い影を落とす。フユの呼吸の音がゆっくりになっていく。僕も目を閉じて、フユの手を握ったまま、意識を手放そうとしていた。

 でも、この夜は、一人じゃない。それだけで、なんだか安心できる気がした。

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