アキフユリビルド 〜マイペースすぎる哲学天使と、お菓子を食べて恋をする〜

あやちゃんbot

前半(第1話~第15話)

第1話 お菓子と哲学の遭遇

 放課後の校舎裏は、いつものように静かだった。

 夕陽がコンクリートの壁をオレンジ色に染め、遠くの運動部の掛け声が少しひんやりした風と共に吹き抜ける。

 校舎の長い影がかかったブロック塀の上に、アキは一人座っていた。


 騒がしい教室や校庭から離れ、一人で落ち着ける時間。アキはこの場所を気に入っていた。

 友達がいないわけではない。ただ、騒がしくしていると疲れてしまい、こうしてぼんやりとする時間が欲しくなるのだ。地面に散らばる石をつま先でつつきながら、ぼんやりと空を見上げる。

 ゆっくりと流れていく雲は代わり映えこそないけれど、眺めていると落ち着くのだ。

「こういった平穏な毎日が、ずっと続くと良いんだけど……」

 アキは独りごちる。しかし。

「ふーん?」

 その声は、にわか雨の前の冷たい風のようにアキの背中を凍らせた。



「うわっ!? ……フユさん?」

 僕は慌てて振り向く。声の主、夕陽に照らされた薄黄色の髪の少女はクラスメイトのフユだった。特に話したことはなかった、はず。

「やだなー、フユでいいよ。いつもここにいるの?」

「いつも? まあ、うん」

 しかし、ここでフユどころか他の人を見たことはない。

「フユさ……フユはどうしてここに?」

「たまにはいつも通らない道を通ってみようかな~、って」

「この先に道はないけど……」

 話したことがないので、クラスでフユがどんな扱いだったかを思い出そうとする。なんか不思議な子って言われてたような。

「それよりさ! アキ、お菓子持ってない?」

「お菓子?」

 急に話題が変わり、思考が止まる。フユがじっと見つめてくるのに気付いて、ようやく頭が回りだした。

「お菓子……ごめん、多分持ってない」

 そう伝えると、途端にフユは慌てた顔になる。

「お菓子がないなんて……もうだめだ、おしまいだぁ、わたしたちはここで飢えて死ぬんだぁ……」

「……僕も死ぬの、それ?」

 確かに、不思議な子だ。


 ちょっとカバンを探ると、数日前に貰ってポケットに入れたままの飴が出てきた。フユに飴を渡すと、目を輝かせて包みを開け始める。忙しい子だ。

「ねえ、アキはお菓子好き?」

 飴を舐め終わったフユが口を開く。

「うん、好きだよ」

 そう答えると、フユの表情が明るくなる。

「よかった! お菓子が好きなきみが飴を持ってて、今日たまたまここを通ったわたしにくれたってことは、きっと運命がこの出会いを導いたってことだよ。だって、お菓子が好きな人に悪い人がいるわけないし、それはきっときみとわたしが求めた結果に違いないよ。わたしはお菓子って口寂しき人類に神が与えた救いの形だと思ってるし、それが救いであるならば求めるものにこそ与えられるべきはずなのだから。アキもそう思わない?」

 一瞬言葉に詰まる。急に同意を求められたのもあるけど、単純に発言のペースが早すぎる。……フユの意図を読み解きながら、とりあえず同意してみる。

「救いかはわからないけれど……フユが喜んでくれたなら嬉しいよ」

 フユの顔がほころぶ。どうやら間違えずに答えを返せたらしい。

「……にひ」

 発言も笑い方も変わった子だ。そんなことを考えていると、かすかにチャイムの音が聞こえてきた。

「今日はもう帰ろっか。また明日ね、アキ!」

 そう言うとフユはそっぽを向き、すたすたと駆けていく。夕陽に照らされるフユの髪は淡い金色に輝き、柔らかな反射が光の粒子のようにふわりと羽ばたく。そんな後ろ姿を見送りながら、僕はしばらく嵐が過ぎ去った後のように呆然としていた。

 ……明日?



 次の日。昼休みの始まりにフユと目が合い、廊下で合流した僕たちは屋上へとやってきた。

 ドアを開けると少し強い風がフユの髪を襲い、前髪を跳ね上げられたフユが「わぷっ」と間抜けな声をあげる。

「アキ、今笑わなかった?」

 ばつが悪そうにフユが頬を赤らめる。否定するのは難しそうなので、曖昧な笑みを返した。


 唸るような風の音とは対照的に、緩やかな時間が流れていく。

「昨日のこと、もしかしたら夢か何かだったんじゃないかと疑っててさ」

「夢?」

 フユが不思議そうに見つめる。

「ずっと一人だと思ってた場所に、突然フユが来たからさ。なんだか、現実味がなくて」

「量子力学では観測者のいない事実は確定しないとされているけど、他者からの干渉がなかったら夢である可能性を捨てきれないってのは現実でも一緒なのかもしれないね。きみが持っていてわたしにくれた飴も、そもそも最初から存在しなかったものかもしれないし。

 ……嫌だった?」

 恐らく、最後の一言を言うための心の準備として言葉を走らせていたのだろう。フユの目がそう言っていた気がした。

 そんなことないよ、と答えるとこわばっていたフユの頬が目に見えて緩む。

「残念でした、夢じゃないですよーだ」

 そう言いながらフユが手を伸ばす。そのまま頬を軽くつねられる。痛くはないが、確かに夢ではないらしい。

「ねえ、アキ。きみって、わたしのこと変だと思う?」

 一瞬考えて、首を軽く振る。

「変じゃないよ。面白い子だなって思う」

 にひ、と小さく笑うフユ。

「ふーん、それならいいよ。これからもよろしくね、アキ」

 そう言いながら、なぜか頬をつねる手が上がる。顔を上に引っ張られ、空と雲が目に入る。強い風でいつもより速く流れる雲。

 きっと、これからの毎日もこうしてフユのペースに巻き込まれることとなるのだろう。平穏とは言えないだろうけれど、なぜか嫌じゃない──そんな気がした。

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