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  • 前回の天皇陛下のお話でも書きましたがその昔、古事記というものを学んでいたものです。確かにそういう奇特な人間以外には、祀られている神様の名など気にも留めないですよね。

     だけどそこにはちゃんと「縁結びの神社」だとか「金運の神様だ」とか「地元を代々守ってくれてるありがたい神様の神社だ」と何となく、ふわっとだけど認識はある。それで良いのだと思います。『神様ご先祖様たちがちゃんと視てる』って大きな概念があるだけで。

     きっちり崇める神の名を刻んで、その神様がどうしてくれただとかどんな戒律を作ったから守りなさい!だとかそういう事を本まで配って暗記させて縛るやり方じゃなくても、ふわっとでいいのです。どこぞのキリストだとかYHVHと違って。

     そうした国民性で生きてきた日本人と、「こうじゃなきゃダメ!」を押し付けたり押し付けられてきた海外の方ではそれは、根本から考え方が違う。受け入れられるわけが無いんですよ。だから自然発生的に『日本人ファースト』という考え方に賛同する方が増えていくのだと思います。

     まああんまり過激すぎる考え方だったり、その考え方の違いが暴力でどちらかを排斥して解決する方向に行ってしまったら危ないとは思うけれど……


    長くなりましたが最後に誤字報告もひとつ。

     神宮の森の木は神聖だから着るべきじゃない⇒切るべきじゃない、ですね。

  • えと、たぶん、江戸時代に本居宣長が天皇を神の子孫(そして、国民はその子なので、神に従うべき)という論を始めたのが、唯一神論的な発生の始まりなのではないかと考えます(あくまで、持論ですが)。
     神々に名がなくとも信じられるのが天使と同じ、という論説ですが、天使にも名前はありますね……中世のカトリックでは、「天使は神にあらず」と言ったそうですネ。
     個人の意見ですが、日本の敗戦により、GHQが教科書から神話を取り除いた結果、唯一の神は天皇ではなく「天」になったと考えてます。
     
     一説によると、本居宣長はキリスト教の影響を受けて天皇を神としたという論説も見たことがあります。(岩波書店『国家神道』)。わたしの見る限り、日本人がキリスト教を毛嫌いしているのは、そのゴリゴリの排他性によるものだと考えます。自分の神だけが偉い、という考え方は、日本人には合わないと、個人的には思ってます。

  • 『神様』は『八百万の神々』が名を失う事で、寄り集まった『集合知』、十把一絡げで『神様』ってなって行ったのかしら……、僕も『八百万の神』って言ってもスサノオとかアマテラスとか何柱かの有名神の名前しか知らないや……、しかも普段はマジで気にしてないから、お参りする時も文字通り『唯一神』に祈ってる事に今気付いた‼️(*´▽`*)

    凄いなぁ、『多神教という名前の唯一神教』なんだなぁ……、しかも聖域が『エルサレム』とか『バチカン』みたいに固定されてない、というか拘らないってのも面白い‼️‼️(о´∀`о)

    本当に考えれば考えるほど不思議で面白い‼️‼️ワクワクする(o^∀^o)

    作者からの返信

    [名もなき唯一神]というアイディアを導入すると、同じ家の中に神棚と仏壇が両立するのがすんなり解釈できるんですよね。
    実際日本人の多くが無宗教とか言ってるけど、なら家の神棚仏壇を壊せよ、宗教を信じてないんでしょ?って言われたら絶対にキレ散らかすので。

    多神教の信仰がまだ維持されているところに行くと神の像とかあるんですよ。だけど日本で神の像なんてみたことないですしね。あるとは思うけどかなり限定されている。

    不思議な国日本。ある意味近代を超える超近代に足を踏みこんでいるのかもしれないと考えると面白いかなと思います。