三十五
八月三十一日。長かった夏休みも、いよいよ最終日。後半はほとんど退屈に感じていたが、終わるとなると物寂しさを感じてしまう。
課題も終わっているし、学校に登校する準備だって終わっている。何もしない一日というのも、なんだかんだ赴きあるものかもしれない。
今日は何もしないぞと窓の外を眺めて惚けてみるが、五分と経たずに立ち上がってしまった。やはり、夏休み最終日にふさわしい何かをやらなければなるまい。そう思い立って、家を飛び出した。
さて、家を出たのはいいが、どこに行こうか。駅前まで来て、僕は途方に暮れていた。ベンチに座り、ぼうっと空を眺める。まだ午前九時頃。駅には僕以外の人はほとんどおらず、寂しい様子だった。
ここからどこか行こうか。どこに行こうか。そう考えていると、喉が渇いてきた。何か飲み物を思い自販機の前に立って、ようやく思い付いた。
「そうだ。あの喫茶店に行こう。」
僕はそう呟いて、駅を後にした。
いつもの喫茶店は、相変わらず客の姿がなく閑散とした様子だった。
「いらっしゃいませ。おや、今日はお一人ですか。」
店主は僕の姿を見て、少し驚いたような仕草を見せる。
「えぇ、一人で過ごしてたんですが手持ち無沙汰でして。」
今日、武石は結局課題が終わらず、スパートを掛けている。七咲さんと永江さんは、二人でショッピングに行くらしい。京香でも、誘えば良かったと、少し後悔した。
「でしてたら、ゆっくりとしておくんなさい。いつもながら、お兄さん以外に客はありませんので。では、お好きな席にどうぞ。」
店主に案内されて、入店する。
どの席に座ろうかと店内を見渡し、せっかくひとりなのでカウンターに座ることにした。
「ご注文がお決まりになりましたら、お声がけください。」
店主は水の入ったグラスを置き、そう言った。
「あ、それじゃあコーヒーを下さい。」
「かしこまりました。」
店主はすぐにコーヒーを淹れたカップを置く。
「お熱いので、ご注意下さい。」
そう言ったかと思うと、怪しげな声で話し出す。
「そう言えば、先日ご友人のお嬢さんがいらっしゃいましたよ。」
ご友人のお嬢さん。普通に考えれば永江さんなのだろうが。
「どんな子でした?」
「元気一杯なお嬢さんでしたよ。おひとりで、ご来店なされてました。」
どうやら、七咲さんが来ていたようだ。しかし、どうして僕にそんな話をするのだろうか。
「お嬢さん、仰ってましたよ。中学校では、親しい友達は出来なかったと。だから、今友達となんて事ない話ができる学校生活が、楽しくて仕方がないと。」
「七咲さんがそんな事を……。」
「あのお嬢さんは、誰よりも繊細なお人ですよ。人との関わりを大事にする余り、少しばかり距離を間違えてしまう。ご自身でそれを分かっているので、ひとりで落ち込んでしまうのです。」
「……」
「お兄さん、お嬢さんとは仲良くしてあげて下さいな。人の心は、案外脆いものです。」
店主の言葉、僕は黙って頷く。カップのコーヒーは、いつの間にか空になっていた。
「コーヒー、お代わりをお入れいたしましょうか。サービスしますよ。」
「あ、お願いします。」
「そう言えば、夏休みも終わりですか。」
店主はカップを片付けつつ、カレンダーを見る。
「はい。明日から、学校が始まるんです。」
「夏休みの終わりを、こんなジジイの店で過ごして良かったんですかい?」
「はい。来た良かったと、そう思っています。」
「それはそれは、ありがとうございます。」
店主は穏やかな顔をして、コーヒーを淹れていた。
一時間ほど滞在して、僕は喫茶店を後にした。夏の日差しが肌に突き刺さる。じんわりと汗をかく。家に帰ってシャワーでも浴びようか。
結局シャワーを浴びた後、僕は部屋でダラダラと過ごした。夏休みの最後として、僕らしい一日だった。
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