三十一
夏休み。何かをする暇もなく、七月が終わり八月上旬。
僕はいつもの三人と、電車に乗って都会に来ていた。
「やっぱり人が多いな。正直、予想以上だぜ。」
武石は周りを見渡しつつ、そう呟く。駅から出て最初に目に入ったのは、見たとこが無い量の人の往来だった。
「人、多い、よね。」
「にしても、都会となると空気も違ってくるねぇ。」
七咲さんが体を大きく伸ばす。
「あぁ、淀んでるな。」
「人が多いから空気の流れが悪いだけでしょ。」
僕たちが住んでいる街も、決して田舎というわけではないが都会と言えるほどでもない。中途半端な地方の街だ。
「それで、噂のコラボカフェはどこにあるのさ。」
「あぁ、それなんだがな。」
僕の質問に対して、武石はスマホを覗き言った。
「コラボカフェ自体はこの近くにあるんだが、開店が十時半からでな。だから、まだ時間があるんだ。」
現在時刻は午前九時過ぎ。確かに、並ぶにしてもまだ早すぎる気がする。
「そうだね。どこか適当にブラついて時間を潰そうか。」
「でもでも、こういうお店って凄い行列ができているイメージがあるんだけど。わたしだけかな?」
「私も、人、並んでて、入れない、イメージがある。」
「ふっふっふ。その点、俺に抜かりはないぜ。」
チッチッチと武石は人差し指を振る。キザな仕草、彼でなければ拳を炸裂させていたかもしれない。
「今回のコラボカフェは完全予約制でな、開店前に並ぶ必要もないんだ。俺たちが予約した時間は十時四十五分だから、そのくらいに行けば問題ない。」
前もって予約をしていたようだ。頼れる親友を持って、僕も鼻が高い。
「おぉ、武石くん素晴らしいねぇ。優秀だねぇ。」
「そうだろうそうだろう。もっと褒めてもバチは当たらんぞ。ほらほら。」
七咲さんの賛辞に、武石は胸を張る。単純なのか、ノリがいいのか。僕も彼女の横で彼を褒め称える。
「いよっ天才。」
「うむ、やはり俺は天才なんだ。ハッハッハ。」
「流石は変態っ。」
「うむうむ。やはり俺は変態……って、誰が変態だ。」
調子に乗っていても、耳はしっかりしているらしい。
「冗談、冗談だから。それよりさ、どこか行かない?いつまでも駅前にいても仕方ないでしょ。」
「ん、それもそうだな。どこに行こうか。」
武石はスッと落ち着き、周囲を見渡し始める。恐ろしいほど切替が早い。
予約時間まで一時間半ほど時間がある。コンビニに行っても、時間を持て余してしまうだろう。どうしたものかと考えていると、永江さんが向かいの建物を指差した。
「あの、あそこ。」
彼女が指差した先は、大きな商業ビル。人は多そうだが、時間潰しには丁度いいかもしれない。
「いいねぇ。ナイスだよ永江ちゃん。」
「確かに。このまま居てもしょうがないし、あそこに入ってみようか。」
ビルの中にはスーパーから雑貨屋、靴屋など店の並びは様々だった。
「おぉ、中々賑やかだね。」
「見ろよ雨天、ゲーセンあるぞ。行ってみようぜ。」
僕たちは他の店に目もくれず、ゲームセンターの派手な扉を通った。
店内は良くも悪くもありきたりな感じ。いろんな需要を考慮したゲームセンターだった。店内を見渡しながら歩いていたが、武石がある筐体の前で立ち止まった。
「お、クレーンゲーム。景品はパンダのぬいぐるみか。
「可愛いけど、武石、クレーンゲームの経験は?」
「一切無いぞ。経験も知識もな。」
武石はそう言うと、財布から小銭を取りだす。
「人生は挑戦の連続ってな。見とけよ、パンダ片手にコラボカフェに凱旋してやるぜ。」
意気込みは素晴らしいが、パンダを脇に抱えた男のツレと思われるのは恥ずかしい。
「頑張れ武石くん。よく分かんないけど引っ掛かれば取れるよ。」
「武石くん、頑張って。」
「おう、任せておけ。」
結局、僕たちは予約の時間ギリギリまでクレーンゲームに張り付いていた。ちなみに結果については、惨敗と言って差し支えないだろう。武石と僕は少し軽くなった財布に、哀愁を感じつつゲームセンターを後にした。
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