二十二
土曜日。幼馴染の部屋で僕は、幼馴染とその弟に挟まれていた。
「しかしまぁ。」
二人の顔を見比べながらポツリと呟く。
「どうしたの?オレたちの顔をまじまじと見つめて。今更恋にでも落ちた?」
「いやね、京くんもそうなんだけどさ、夏妃も美人だよねって思ってさ。」
夏妃も京くんも端正な顔立ちをしている。姉弟だからか、目元などはそっくりだ。
「いやぁ、きみに言われると照れるね。」
朝からの険しい表情はどこに行ったのか、夏妃は頬を緩ませてにへらと笑う。
「なにさ姉さん、ニヤニヤしちゃって。樹さんもさ、いきなり口説いちゃってどう言うつもりなのさ。」
夏妃とは対照的に京くんは不機嫌そうだ。彼が小学生の時にやっていた宥め方をやってみようか。
ぶつぶつと文句を言っている京くんの頭に手を回し、自分の胸に抱き寄せる。そして後頭部を撫で回すと、大人しくなった。
「よーしよしよし。いい子いい子。」
「うへへ。」
「ほんと、よく飽きないよね。京もされるがままになってるし。ボクの頭は触らないのにねぇ。」
「男同士だからこのくらいね。」
「そうだね。男同士だもんね。ねぇ京?」
夏妃は意図してなのか「男同士」を強調してくる。男女間の友情が無いとは言わないが、同性の方が接しやすいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
夏妃の言葉に、京くんは慌てた様子で応える。
「そうなんだぜ。オレは正当な大和男児なんだぜ。」
「なんで京くんはおかしな口調になってるの?」
「気にしなくていいぜ。男たる者、細かいことなんざ気にしないんだぜ。」
京くんはおかしな口調のまま捲し立てる。頭を撫でているせいで、顔を見ることができないのが残念だ。
「ところでさ。」と、京くんを僕から引き剥がしつつ夏妃が口を開く。
「なんでボクは夏妃で、京は名前呼びなの?」
「決まってるじゃん。樹さんは姉さんよりもオレの方が好きなんだよって痛い。」
引き剥がされつつも得意げな表情を浮かべる京くんの頭部に、夏妃の手刀が振り下ろされる。
「京くん大丈夫?」
「うごごご……。」
「大丈夫だってさ。」
京くんは頭を抑えて呻いている。姉弟なので手加減はないらしい。
「何するのさ姉さん。おと……男の柔肌に。これで成績下がったりしたら姉さんのせいだからね。」
京くんはどこかで聞いたようなことを言っている。実は彼、七咲さんと気が合うかもしれない。今度紹介してみようか。
「それで、どうしてボクは苗字なのかな?」
ピィピィ喚いている弟を無視して、夏妃は距離を詰める。
「いや、ほら。夏妃はさ、ずっとそう呼んでたから。」
「小学生の頃は京香ちゃんって呼んでたのに?」
ぐうの音も出ない。
中学校に上がって、女の子を名前呼びすることにずかしさを感じるようになった。と言えば納得してくれるのだろうか。
「姉さんは苗字で良いじゃない。オレが名前呼びでバランスが良いって痛いっ。」
夏妃の背後から京くんが顔を出すも、再び手刀が振り下ろされる。
「うごごご……。」
「それで,なんで苗字呼びに変わったのさ。」
「あのですね。その、女の子を名前で呼ぶのはですね、僕の中では特別といいますか。深い間柄と言いますか。」
「特別?樹さんにとって名前呼びは特別なんだンギャッ。」
「女の子を」と言ったはずだが、はしゃぎ出した京くんに、姉からの三度目の手刀が降りる。
「ふぅん。樹にとってボクは特別じゃないんだぁ。小学校から一緒で、お互いの家にも行ってるのに。深い間柄じゃなかったんだ。」
「いや、夏妃。そうじゃなくて。」
「悲しいなぁ。樹にとってボクなんて、どこにでもいる都合の良い女だったんだなぁ。名前で呼んでくれないと、ボクたちの関係は崩れちゃうんだろうなぁ。」
「あの。少し待って。」
深呼吸して、できるだけ羞恥心を忘れるよう努めた。腹を決めて、口を開く。
「京香、さん。」
「さん?」
「……きょう、か。」
僕は彼女の顔を見ることができなかった。初めて女の子を呼び捨てにする時、目を合わせていられるほど僕は男らしくない。
数秒間の沈黙の後、夏妃改め京香がふふふと笑う。
「ま、今日はこれで許してあげるよ。今後も、僕のことは呼び捨てにしておくれよ。」
京香の許しを得た僕は、ホッと胸を撫で下ろした。
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