十五

 土曜日、天気は晴れ。今週に入って、雨は降っていない。梅雨は完全に終わってしまったらしい。

 梅雨の湿気は耐え難く思っていたが、雨音が絶え間なく響く灰色に覆われた世界は、ノスタルジーを感じさせるものがあった。側にあると煩わしく感じるが、遠ざかると寂しく感じる。いかにも人間らしい考え方だ。

『七月だね。テスト勉強は順調かな?』

金曜日の夜、夏妃からそんなメッセージが飛んできた。中学時代は、頻繁に勉強を見てもらっていたので彼女なりに心配してくれているのかも知れない。

『明日友達とテスト勉強するんだ。夏妃に頼らなくても良いように頑張るよ。』

と、送信して眠りについた。数日に一度、メッセージのやり取りをしているくらいなので、返信は帰ってこないだろう。

 さて、僕はこの日、朝から駅に来ていた。いつもの四人で集まってテスト勉強をするためだ。駅に集合して、適当な場所で勉強する予定。

 集合時間は午前九時、現在は八時三十分だ。集合時間にはまだ早いが、たぶん彼女が来ているのだろう。

「あの、雨天くん。」

駅のベンチに座っている僕の背後から声がする。振り向くと、永江さんが立っていた。

「あ、永江さん。おはよう。」

「うん、おはよう。」

永江さんはそう言ってベンチに腰掛ける。僕とは二人分ほどの間を空けている。友人とは言え、異性なのだからある程度の距離感は必要だろう。

「来るの早かったね。まだ待ち合わせの三十分前だよ。」

「遅れたら、いやだから。雨天くんこそ、早い、よね。」

「永江さんが早く来ると思ったからね。」

独りぼっちは寂しいから。それに、永江さんにしろ七咲さんにしろ顔が良いので、ひとりでいるとナンパされかねない。

「あれ?二人とも早いねぇ。わたし三番目かぁ。」

集合時間までまだ時間があったが、三人目が集合した。

「おはよう七咲さん。」

「あ、おはよう。」

「二人ともおっはよう。武石くんはまだ来てないの?」

「まだ四十分だからね。もう少し待たないとだろうね。」

「みんなおはよう。俺が最後だったか。」

噂をすれば影がさす。武石の話題を出した途端、その当人が現れた。

「待たせたみたいだな。すまん。」

武石は申し訳なさそうに両手を合わせた。

「まだ集合時間前だし、謝らなくていいよ。僕たちが早く来すぎちゃっただけだし。」

「にしても、武石くんも早いねぇ。」

「まぁな。これでも、待ち合わせには絶対に遅れないように早めに着くよう心掛けてるんだ。」

「意外。」

得意げに胸を張る武石を見て、永江さんがぽそりと呟いた。

「意外だったか?俺は結構、几帳面な男なんだぜ。」

「几帳面な男の服装には見えないんだけど。」

彼の服は、不思議な動物が大きくプリントされたシャツに灰色のジーンズ。几帳面な人は、シンプルで上品な服を好むと聞いたことがあったのだが。

「この服そんなにおかしいか?」

「わたしは可愛いと思うなぁ。その、パンダ?」

「ぶんぱん……。」

「永江、お前もブンパン知っているのか?」

「毎週、観てるから、欠かさず。」

「そっかぁ。こんなところに仲間がいたのか。嬉しいぜ。ちなみに、俺はチベットスナギツネが好きなんだが、永江は何が好きなんだ?」

「私、ジュウシマツが、好きだな。」

「可愛いよな。ジュウシマツ。」

二人が盛り上がっているのを見ながら、僕は永江さんに耳打ちする。

「ねぇ、二人とも何の話をしているの?」

「うへへぇ。耳元で囁かれるとドキドキするねぇ。」

「えいっ。」

話が通じなさそうなので、彼女の頭部に手刀を下ろす。

「うぅ。このアニメのことだよ。」

不服そうな顔をしつつ、七咲さんはスマホの画面を見せてくる。

「なになに、健康で文化的な最低限度のパンダ?」

画面には会社のデスクで、パンダが笹を食べている画像が映っている。

「うん。ブンパンって略称で最近流行りなんだよ。」

「へぇ。最近の流行りなら僕も観てみようかな。」

「実はわたしも見たことないんだぁ。今度一緒に上映会しようよ。わたしも興味あるし。」

「いいね。テストが終わったら上映会をしよう。」

終わった後のご褒美決めてテスト勉強をするのも、青春の一ページだと、七咲さんのようなことを考えてしまった。

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