八
今日は土曜日。先日から本格的に梅雨入りして、一週間雨が続いている。この日も、せっかくの休日だというのに生憎の大雨だ。
そんな雨の日、僕は駅前で人を待っていた。時刻は午前十一時頃。あと三十分もすれば待ち人も来るだろう。
「あ、あの、雨天くん。お、おまたせ。」
待ち人は数分と経たずにやってきた。
駅前のベンチに座っている僕に向かって、永江さんはおずおずと声をかけてきた。
「あ、永江さん。僕も今来たところだよ。」
永江さんは待ち合わせ時刻の三十分前に現れた。最初に待ち合わせをした時、彼女は三十分前に来て十五分前に来たことを待っていた。
申し訳なく思ったので、永江さんと遊ぶ時は僕も三十分前には来ることにした。それで今日も、待ち合わせの三十分前に集合したわけだ。
「それじゃあ、何もなければ行ってみようか。」
「う、うん。行こう。」
「あぁ、それと。」
出発前に僕は普段、当たり前に交わす言葉を口にする。
「おはよう。永江さん。」
「あ、うん。雨天くん、おはよう。」
永江さんは戸惑いつつも、そう言って微かに笑みを浮かべた。
駅から徒歩十分ほど。家が建ち並ぶ住宅街から少し外れた所に、個人経営の小さな喫茶店がある。
外観は清潔感のある白い壁に木の扉、木の窓枠。レトロな雰囲気の漂う喫茶店であり、僕たちが親しくなるきっかけになった場所だ。
僕は木の扉に手をかける。扉はギィと音をたててゆっくりと開く。取り付けられた鈴がカランカランと、心地良い音を店内に響かせる。
「いらっしゃい。」
入店すると、店主が愛想良く声をかけてくれる。感じの良い老爺である。
「お二人様ですね。お好きな席にどうぞ。カウンターでも、テーブルでも空いておりますよ。」
「ありがとうございます。」
僕は店内を見渡し、奥のテーブル席に目を付けた。
「あそこに座ろうか。」
「あ、うん。そうだね。」
同意を得たので、席に着く。店内に、僕たち以外に客がおらず、貸切のようなものだった。
「ご注文、決まりましたらお呼び下さい。」
店主がお冷の入ったグラスを二つ、テーブルに置いてくれた。
僕たちはテーブルに向かい合い、メニュー表を開く。
「さぁて、何を頼もうか。僕は、アイスコーヒーとサンドイッチでも頼もうかな。永江さんはどうする?」
「あ、えと、私もアイスコーヒーを、飲もうかな。あと、ハニートーストの、アイス乗せを。」
「分かった。」
僕はそう言って、テーブルの端に置かれた卓上ベルを鳴らす。チリンという音が店内に響き、店主が伝票片手にのっそりと歩いてきた。
もう夏の訪れを感じる季節。にも関わらず店主の服装は長袖のコート。細身の店主にはよく似合っているが、店の雰囲気にも合っていないし、季節外れもいいところだ。
「お待たせしました。ご注文は如何なさいますか。」
「えっと、アイスコーヒー二つ。サンドイッチとハニートーストをひとつづつお願いします。」
「砂糖とミルクはどうなさいますか?」
「僕は大丈夫です。永江さんは?」
「あの、お願いします。」
「かしこまりました。少々お待ち下さい。」
店主はゆっくりとカウンターの奥に入って行った。
永江さんはお冷をひと口飲み。ふぅと息を吐く。
「まだ人と話すのは慣れない?」
「あ、うん。頭の中に言葉は浮かぶんだけど、その、口に出そうすると、上手くいかなくて。」
「でもさ、初めて来た時よりも話せてるじゃない。成長してるんだよ。」
「そう、かな。そうかも。」
嬉しそうな永江さんの表情を眺めていると、店主がトレイを抱えて近づいて来た。
「お待たせしました。アイスコーヒー二つと、サンドイッチにハニートーストです。砂糖とミルクはこちらに。」
「どうも、ありがとうございます。」
「いいえ。どうせ他に客もいませんで、ごゆっくりどうぞ。あ、睦み合う際は奥に行きますんで、お声掛け下さい。」
店主はよく分からないことを言って、ヒヒヒと怪しく笑い戻って行った。
僕はコーヒーをひと口飲み、サンドイッチを口にする。顔を赤くして俯く永江さんの様子は気になったが、特に言及せずに昼食を楽しむことにした。
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