第20話 光合成【高校生】

「目が覚めた? 光合成をしましょう」

 朝の日差しを浴びて、彼女と一緒にいる。

 いつの間にか、僕は高校生になっていた。

 川の辺りの斜面の草原で寝ていたようだ。

「なんだ。夢だったのか」

「夢じゃないわよ。私が、いるじゃない」

 彼女は、そう言って、春の太陽の日差しを浴びて伸びをしている。

 さっきまでの記憶との混同して、なにがなんだか、わからなくなっている。

 さっきの部屋は、高校の教室だったのか。

 真実と真相の違いもわからない僕は、ただ、寝ていることしかできない。

 ここは天国かな。

 そう思うだけで。

 温かい、気持ちいい時間が過ぎる。

 春の日。

 その日差しが、僕には眩しい。

 理想的な現実。こんな時間が、あるなら生きてみるのも悪くはないと思える。

「ところで、貴方の名前はなんていうの?」

 しらじらしくも、そんなことを訊く。

「僕は、何も知らない。知らない、ということは知っているけれどね」

「無知無知ね」

「無知の知だよ」

「ものは言いようね。無知であることを、知っているのではなく、貴方は、教養の貧しい無知の無知なのではないかしら。そう思わないではいられないわ」

 彼女が、そう言うなら、そうなのだろう。

 ――運命の女の子である哲学哲子が言うのなら。

「さっきまで夢を見ていたような気がするんだ。中学生の頃の教室で、君と話しをしている夢」

「気がするだけでしょう? 気のせいだし、勘違いだし、気の持ちようよ」

 彼女が、そう言うなら、そうなのだろう。

 全て、気のせいだというなら、そうだろう。

 現代医学に精通している医師の言う通りにする患者のように、僕は、彼女の言うことを聞くしかない。

 全て、気のせいだと。

 恋も、気のせいだと。

 運命は気のせいだと。

 誰のせいでもなく、僕はここにいるということ。

 こんな、無駄な話しを続けているということ。

 彼女から言わせれば、それだって期間と目的の認識がそれぞれ違うのだから、無駄だって、無駄じゃないかもしれないじゃない? というのだろうが。

「無駄だった、期間と目的の認識のそれぞれの違いで無駄が無駄じゃなくなるんだから、貴方の話しが、無駄であると判断するのは早計かもしれないわよ」

 言った。

 無駄が無駄でない条件。

 それを誰が決めるのか。

 質問しては、いけない。

「運命なんて、あるのかしら。――運命の女の子なんて、いるのかしら。私のことをいつも運命の女の子と仰る貴方だけれど、運命論者って、なんなのかしら。それは、楽天家となにが違うのかしら。過ぎたことは全ていいことだと楽天できる、生き方。それが、貴方なのかしら。でも、貴方は、少し悲しんでいるわね」

 いつも僕は彼女のことを運命の女の子と仰っているらしかった。

 彼女が言うなら、そうなのだろう。

「貴方が悲しいのは、私を諦めたからかしら。いえ、違うかしら。貴方には、決定的なまでに、自信が足りない。自己卑下しがちなところがある。諦めても、諦め切れない。なら、もっと諦めてやろうとする貴方は、あらゆることを諦めた。人生を、諦めて、諦めて、諦めて、諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦めめ諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦めめ諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦めめ諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦めめ諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦めめ諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦めめ諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦めめ諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦め諦めた。それでも、残ったのが、この憶い出だったのかしら」

 憶い出の彼女は、そう言った。

 不甲斐ない僕は、力を抜いて諦めていることしかできない。気のせいで――勘違いで――気の迷いの僕は、空を見上げていることしかできない。

 あの時の教室から、運命の女の子を待つように。

 意味もなく、窓から淡い紫色の雲を眺めるように。

 全人類にとって無価値だとしても、僕は、それだけが人生の全ての価値だった。

「馬鹿ね。人と人は分かり合えない。痛みを、共有できないように。人それぞれ感じているものが違う。見た目と違って、貴方は、私に――いえ、やめておきましょう。これ以上、貴方を感傷させてはいけない。貴方は、どこにでもいる、モブキャラでしかない。貴方の恋は、ありふれたものでしかない。若い時、特有の、アレよ。いずれ、忘れてしまう、儚い感情なの。そうは思わないかしら」

 運命の女の子は、そう言った。

 運命の女の子であるからには、運命の女の子である理由が存在するものだけれど――いや、理由なんて、いらないのかもしれない。

「諦めなくてもいいのでしょう? 恋することを、諦めなくても」

「諦めたんだ」

「諦めて諦めて諦めて諦めた先に、残る憶い出に希望を見出すことにすら諦めた貴方は、それでも、あと50年は諦めなくていいのよ。50年間、告白すれば、相手は貴方のことを受け入れてくれてくれてくれるかもしれないじゃない」

 くれてくれてくれるだろうか。果てしない道のりだ。

「……諦めて諦めて諦めて諦めた僕でも、恋することは、できる」

「ヨボヨボのおじいさんになっても、貴方は、人を恋する権利がある。――例え、私でない、他の誰かだって」

 そう、運命の女の子は言った。

 馬鹿みたいに、運命を信じた僕に向かって。

 諭している。

 諦めて、諦めて、諦めて、諦めた僕は、諦めることすら、諦めた。いつかその時になるまで、が現れるまで、僕は、この恋を諦めなくていいのだ、と。

 冷静になって考えたら、僕は、なぜ、運命の女の子である――彼女に執着していたのだ。

 なぜ、彼女は、運命というものを、信じないのだろう。

「私が、信じているのは、哲学だけ」

 そう彼女は、言うばかりだった。

 馬鹿みたいに盲目な恋に縋る僕は、彼女の言葉だけを信じていた。彼女が言えば、嘘だって真実になるくらいには。信じて、信じて、信じている。

 諦めなくても、いいのかもしれない。

 諦めることを、諦める。

 それで、いいのかもしれない。

 彼女が、信じているのは、哲学。

 本質を信じている。

 諦めること、諦めないこと。

 どちらがどっちで。

 どうしたら、望みは叶うのか。

「望んだことは、叶わない。いえ、望まないと叶わないのかしら。いったい、いつまで、こんなことを続けるのかしら。――貴方は恋を諦めないのかしら」

 諦めて、諦めて、諦めることすら、諦めた。

 運命の女の子。そんな、馬鹿げた理想と、勘違いを、諦めることができないまま、僕は、生きている。

 無駄話しが、終わったあと、告白をした。

 望んだものが叶わなくても、それでも、僕は――君を指差して告白する。

「君を愛してる。アイラブユー」

 真顔でそう言った。

「貴方は、そう思うのね。貴方ってそうなのね」

 つまり、そう。これは課題の分離。

 そうやって、二人は最後かもしれない哲学をした。

 めでたしめでたし。

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