第37話

 王都の門が閉まってから一週間が過ぎた。


 アリサの家は、盗賊団との関係を疑っている騎士団に見張られていた。あれなら他から襲われることもないだろうと、アイネと執事のセバスチャンだけが家に居候することになった。アイネは宿を変える必要がなくなって楽になったと満更でもない様子だ。父のマテウスも亡くなった妻のいたクーラン王国について話が聞けて喜んでいるようだった。


 数日前に騎士団が山狩りのために隊列を組んで王都の門へと向かっていった。しかし、その後盗賊を見つけたという話が出てこないところを見ると、やはり山では何も見つからなかったのだろう。冒険者達も一週間も仕事がないと、さすがに不安になってくるようで、朝だけでなく午後にもギルドにやってきて、情報収集をするようになっていた。


「まだ王都の門は開かないのか?なんか情報あったら教えてくれよ。」


「ギルドにもまだ通達がないんです。商人達からも苦情が出る頃だと思うのでそろそろだと思うんですけどね。」


 そんなやりとりを何回も繰り返すばかりだった。王都から出られない人が多いため、屋台や宿では人手が急に足りなくなった。そのため短期の仕事が舞い込むようになったが、貼り出した途端になくなっていく。仕事にありつけた冒険者が嬉しそうに帰っていくのを見て、リーズはため息をついた。


「なんだ、疲れてんのか?」


 アンドレが声をかけてきた。


「いや、この状態がいつまで続くのかなあって。盗賊が見つからないんなら、さっさと門を開けたらいいのに。」


「ん?盗賊は見つからなかったのか?」


 アンドレが逆に聞いてきた。盗賊についての話は、一部の人だけの極秘事項だ。アンドレには知らされていない。


「捕まったって話を聞かないからね。冒険者の皆さんも暇そうだし。訓練場がいっぱいだって聞いたよ。」


「ああ、俺も聞いた。なんでも可愛い女の子が毎日来るらしくて、それ目当ての男も多いらしいよ。」


「可愛い女の子…?」


 冒険者で女の子、というのはものすごく数が少ない。リーズが今知っているのは1人だけだ。しかし、モテるには少し若い、というか幼い気がするのだが。首を傾げているリーズに、アンドレが苦笑した。


「アリサちゃんだよ。エドワルドさんと訓練場に通ってるんだって。『私がパパを守る!』って言って頑張る姿がいいんだってさ。自分の娘の気分なんじゃないの?」


「ああ、そういう需要ね…。アリサちゃんに好きな人でもできたら大変そうだね。」


「まったくだね。そもそもエドワルドさんに勝てないと近づくことすらできそうにないけど。」


 エドワルドさんの場合は、父というよりは兄だろうか。

 会いに行きたいな、とは思うが、ネメスの件が終わるまでは、アリサの家には行かないことになっている。


「早く門が開かないかなあ。」

 2度目のぼやきをリーズが言った時だった。


「門が開くわよ。」


 急ぎ足で入ってきたシェリルが大きな声で言った。ギルド員も冒険者達も急に静かになり、シェリルの方を見た。シェリルは手にもった紙をくるくると開く。


「…本日の7鐘をもって、王都の門を開くものとする。盗賊の行方は不明なため、引き続き警戒をつづけてほしい…そうよ。」


 おおおっと雄叫びのような声が冒険者達からあがる。


「こうしちゃいられないぜ!早速仕事の準備だ。」

「ああ。7の鐘までに門の前に行かないとな。騎士団の気が変わっても困る。」


 依頼を受けている冒険者達は慌てて出ていく。逆に依頼を求めて入ってくる冒険者もいて受付の向こう側は大騒ぎだ。


「リーズ。これをギルドの入り口に貼っておいてちょうだい。誰でも見られるようにね。それから、私のところに来て。」


「分かりました。」


 門が開いたということは、ネメスが動き始めるということだ。リーズは緊張した顔で頷くと、シェリルの持っていた紙を受け取った。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「やっと門が開いたらしい。騎士団も山狩りまでして空振りだなんて、ご苦労なことだな。」

 忍び笑いがかすかに響く。5人の男はいつもの酒場ではなく、王都の商業地区にある掲示板の前にいた。顔を隠すでもなく堂々としている。身なりの感じから、それなりの身分だろうということを察した街の人たちは、近づこうとはしない。そのうちの1人がネメスに話しかけた。


「身代わりの奴らは見つかったのか?」


「はい。馬に乗れる者を4人、手配いたしました。あとは囮の馬車を仕立てていただければ大丈夫です。」


「その馬車に我々が乗り、襲ってきた奴らを退治すればいいわけだな。そして我々は盗賊を倒した英雄になるわけだ。」


 盗賊を倒すくらいで英雄にはなれないと思うが、ネメスは沈黙をたもった。不必要なことを言えば不興を買うだけだ。


「いつ頃出発にいたしますか?彼らにも連絡をいれなければならないので…」


「そうだな…。おい。」


 その男は他のメンバーに声をかけた。しばらく話をしていたが、まとまったらしく、ネメスの方を向いた。


「3日後の朝に馬車で王都を出発する。お前達は後から来い。馬車を停めたらそれが合図だ。川沿い辺りがいいだろうな。」


 彼らは襲いやすい場所を熟知していた。川沿いの道なら馬車一台で道が塞がり、守りやすい。


「分かりました。では3日後の朝に。」


 ネメスの言葉に頷いた男が忌々しそうに口を開いた。

「それにしても、あの男を捕まえられないとは、騎士団も情けないものよ。」


 他の男達も頷いた。


「クーランのじゃじゃ馬娘が出てきたらしいからな。貴族でもないのに威張りくさって不愉快極まりない。」


「礼儀知らずの小娘には、後でお仕置きが必要ですな。」


 にやにやと笑いながらアイネをどうするかについて話し合う男達に一礼すると、ネメスは樫の木亭に向かった。明後日までに全ての準備を終わらせなければならない。


 樫の木亭には、イルがいた。連絡が取れるよう、宿泊しながら待っていたらしい。食堂で夕飯を食べていたので、ネメスはその反対側に座った。


「3日後に商人が王都を出発することになりました。皆さんには同じ時間に集まっていただきたい。」


 ネメスの言葉を聞いて、イルは穏やかな顔のままで頷いた。


「門が開くと聞いたのでそろそろだと思ってましたよ。馬車を確認して、先回りする感じですかね。行き先は?」


「港町ミードに行くと聞いてますので、その途中でお願いします。馬はここに用意しますので。」


 イルは大きめの肉を頬張るとしばらく咀嚼していた。食事の手は止める気がないらしい。


「なるほど。国の外へ向かうのですね。4の鐘までに門に集まるようにしますよ。」


「よろしく頼む。それからこれは前金だ。」


 金貨の入った袋をだすと、イルの前に出す。イルはちらりとそれを見ると、首を振った。


「依頼が終わってからにしましょう。まだいただけませんよ。」


 お金のための依頼ではなかったのか、とネメスは不思議に思ったが、自分一人の時に受け取って疑われるのが嫌なのかもしれないと袋を手元に戻す。むしろネメスの方がお金を必要としていた。


 立ち上がり、樫の木亭を出ようとするネメスの背中にイルの声がかかる。


「うまくいくことを願ってますよ。」


 そして、三日が過ぎた。

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