第34話
「護衛依頼だって聞いたんだけど、それにしちゃ警戒が半端ないね。どういうことだい?」
「貴族街に入ったことでも判るだろう?名前はまだ出せないが、依頼主が高貴な身分のお方でね。信頼の置けない者にはおいそれとは依頼を出せないんだよ。」
「騎士団に頼めばいいじゃないか。」
「それがちょっと騎士団には出せない仕事をお願いしたくてね。まあ、座ってくれ。」
リーズが座ると、ネメスは手ずから紅茶を入れ、リーズの前に出す。そのまま自分の分も入れて、リーズの正面に座った。
「まあ、飲んでくれ…。と言っても警戒するか。まあ、気が向いたら飲んでくれればいい。今回の依頼の内容を説明してもいいかね?」
「名乗ってくれるなら。」
偽名を名乗る可能性も高いが、このままだとうっかり名前を呼んでしまいそうだ。男は面白そうに目を細めた。
「私はネメスという。護衛斡旋の仕事をしているんだが、今回の依頼は護衛だけではない。実は商人からあるものを取り返してもらいたくてね。」
「商人から?なんでまたそんな…。買い取ればいいだろう。」
リーズの言葉に、ネメスは首をふる。
「それが売ってくれないのだよ。実はそれは依頼主の家から盗まれた秘宝でね。その商人はどうやら盗品を売ることを生業にしているようなのだ。とはいえ証拠はないから騎士団には頼めない。依頼主の家の恥を晒すことにもなってしまう。そこで、腕の立つ者達に取り返してもらい、それを証拠に騎士団に突き出そうと思ってね。」
一応筋は通っているが、馬に乗れなければならない理由が良く分からない。
「…なんで馬に乗れなきゃいけないんだ?商人の家に行くだけなら馬は必要ないだろう。」
「商人がどこにその秘宝を隠しているのかが分からなくてね。ところがどうやら他の街に盗品を売りに行こうとしているという情報が入ったのだ。」
「…なるほど。つまり、他の街に行く途中なら必ずその商品を持っているから、確実に取り返せる訳だ。」
「ご名答。ただ、用心深い奴でね。隊商を募集しているらしい。護衛もたくさん連れているようだから、ある程度腕が立たないと話にならない。ああ、もちろん無駄な殺生をすることはない。我々は商品が戻ってその商人が捕まればそれでいいのだ。相手も馬車だ。逃げられても面倒なので馬に乗れる者に依頼したい。もちろん今回の依頼が成功した暁には、専任の護衛として私の下で働いてもらう。報酬は今回の任務で金貨一枚。その後の専任護衛は月に大銀貨5枚だ。どうだろうか。」
金貨一枚は100万ライヒだ。大銀貨は一枚10万ライヒなので月に50万ライヒが入ってくる計算だ。冒険者の報酬としてはBランク相当と言っていい。
「随分気前がいいんだな。」
「危険がある仕事だからね。どうだろう、引き受けてくれないだろうか。」
リーズはしばらく考える。ネメスがいるということは、盗賊と何らかの関係が出てくることは間違いない。
「…俺一人でやるのは無理だ。他の奴らはいるのか?例えば、コイツとか。」
リーズは自分の後ろを指さす。腕を組んだまま男が笑った。
「悪いな。俺は馬に乗れないんだ。」
ネメスもその言葉を聞いて頷く。
「募集はしているんだがね。馬に乗れる冒険者は少なくて困っているんだ。君を含めて4名は欲しい。君にアテがあるのなら、連れてきても構わない。いや、むしろその方が連携が取れていいかもしれないね。どうだろう?」
「…声をかけてみてもいい。俺だけでこんな美味しい仕事を受けたと分かったら後で何をされるか分からないから。もちろん馬には乗れるメンバーだ。」
…ギルドに帰れば誰かしら乗れる人がいるだろう。ダメだったら都合が合わなかったとか言えば何とかなりそうだ。それにこの依頼を他の冒険者にさせるのは危険すぎる。
「では依頼成立だな。そういえば君の名前をまだ聞いていなかったな。名前は?」
「…エラシオだ。」
咄嗟にリーズは村で馬の乗り方を教えてくれた人の名前を借りることにした。
「エラシオか。じゃあエラシオ君、他のメンバーも面接はしたいから、メンバーが揃ったらギュンターに声をかけてくれるかい?他の冒険者にも話がいっているから、早くしないと決まってしまうかもしれない。」
「ああ。明日には集められるようにする。『樫の木亭』に行けばいいんだな?」
「そうだ。よろしく頼むよ。」
ネメスが出した左手をリーズはちらりと見て首をふる。
「契約は人数が揃ってからだ。」
「ふふ、用心深いところも私好みだ。よろしく頼むよエラシオ君。」
ネメスの言葉に頭を下げて立ち上がると、後ろを向く。大きな男はニヤニヤしながら扉の前から離れた。帰り道で襲う気はないようだ。
家の裏手では、栗毛の馬が繋がれたままリーズの帰りを待っていた。急いで帰ってシェリルにこのことを報告して、馬に乗れるメンバーを集めてもらわなければ。しかも今日中に。
「まあ、何とかなるよね。」
リーズは一人呟くと、馬にひらりと飛び乗った。
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