第28話

 リーズの前には依頼書の束から抜き出した書類が小さな山を作っていた。護衛依頼と書いてあるものだけを取り出したのだ。

 この中からさらに、今日出立となっている依頼を探すと4件あった。


「リーズさん、処理が終わりましたのでこれどうぞ〜。」


 コアールが今日と明日〆切の護衛契約を持ってきてくれた。ベテランだけあって処理が速い。


「ありがとうございます!」


 護衛契約が今日と明日までのものが3件あった。


「まだ7件もある…。」


 もう少し絞り込みたい。リーズはうーんと考え、ふと一番上にある依頼書を手にとった。自分で説明をした護衛依頼だ。隊商の護衛のため、20名の募集をかけていた。人数が少ないと盗賊が狙ってくるとシェリルさんが言っていた。もしそれが本当なら、隊商には手を出さないだろう。


 依頼書を隊商とそれ以外にさらに分けると、2件だけ残った。一つは二週間前に王都を出た護衛依頼。受けたのは、アルバ・ルーズというCランクの冒険者。もう一つは今日出発の護衛依頼。受けたのはガリア・シェズ。Dランク。護衛にしてはランクが低すぎる。


「ガリア…」


 この前イルさんと一緒に歩いていた人だ。リーズの胸の中に暗雲が立ち込める。出発時間までは依頼書には書いていないので、ひょっとすると出発する前に門が閉まっているかもしれない。商人の名前はアグレウス。アクセサリーの店を開いているようだ。


 アリサ達とそこに行って聞いてみよう。そう思って依頼書を戻そうとした時だった。


「あれ?」


 依頼書の束とは別になっている綴りが、棚に無造作に入っているのを見つけた。何気なくぱらりと中を見ると、盗賊に襲われた依頼とその調査についてまとめてあるようだ。倉庫を見ればわかるように、シェリルは整理整頓に無頓着である。おそらく読んだ後ぽんと棚にいれたのだろう。


 リーズは座り直し、資料を読みはじめた。盗賊が出始めたのは、去年の秋の終わり頃。今年の収穫がうまくいかなかった農民が食うに困って盗賊に身を落とすことはよく聞く話だ。それから現在にいたるまで、盗賊が出たのは20件。最近は隊商を組む商人が増えてきたせいか、襲われる数が減っていた。


 サイラスの冬はそれなりに寒いし、雪も積もる。そんな中、いつ通るかわからない商人の馬車をずっと待つのは無理がある。そう考えると、やはり思いつくのが


「内通者…。」


 護衛依頼なら依頼書の張り出しを見ればすぐわかる。内容を質問することもできるから、例えば隊商を組んでいない商人が街を出る情報も手に入れることができる。ギルドの職員なら更に詳しいことが分かるだろう。そこは疑いたくはないけれども。イルさんの影がどうしてもリーズの脳裏にまとわりつく。


「あれ?でも。」


 リーズは首をかしげる。アリサのお父さんは護衛依頼を出していなかったはずだ。それなのに盗賊に狙われている。同じ場所に違う盗賊が出ることはまずない。縄張り争いが起こるからだ。アリサのお父さんが出かけることを一体どこから聞きつけたのか。


 リーズは綴りをしまうと、アリサ達のところへ戻った。

 アリサは落ち着かない様子できょろきょろとしていたが、リーズの顔を見てぱっと立ち上がった。


「何か分かりましたか?」


「とりあえず外に出ましょう。」


 ギルドを出ながら、今まで調べてきたことを手短に話す。エドワルドの顔が険しくなった。


「内通者か…。確かに考えられないことはないな。」


「はい。でもアリサのお父さんはギルドには依頼を出していないはずなんです。ということは、他から情報が漏れているんじゃないかと。あとはアグレウスさんが無事かどうかを確認したいです。店の名前は『夜啼鳥』というのですが、知ってますか?」


 リーズの問いに、アリサがぱっと顔をあげる。


「あ、私分かります。小さい店なんですけど、私たちでも買えるようなアクセサリーを売ってくれるから、結構人気なんです。…こっちです。」


 アリサが先頭になって歩き始める。商業地区は冒険者ギルドのすぐそばにある。いくつか路地を曲がっていくと、人だかりができているのが見えた。


「あそこなんですけど…何かあったんでしょうか。」


 リーズとエドワルドは顔を見合わせた。出発前の様子ではない。店の前では女の人が泣き崩れている。


「騎士団が話を聞きに来たんだってよ。」


「盗賊に旦那が襲われたらしい。可哀想に…。」


「宝石を買い付けに行く途中だったんだとさ。有り金のほとんどを仕入れに持ってっちまってたんだってよ。」


「奥さん一人で店をやっていくのは大変そうだよな…。」


 野次馬達の話が切れ切れに聞こえてくる。


「どうやら当たりみたいだな。」

「ええ…。」


 答えながらリーズはぐるっと野次馬達を見回す。知っている顔…イルはいないようだ。


「誰かを探しているのか?」

 リーズの様子がおかしいことに気づいて、エドワルドが尋ねる。

「そういうわけじゃないんですけど、この前この護衛依頼を受けた人とイルさんが一緒にいるのを見かけて…。」

「イル? ああ、この前森にいた奴か。」

 エドワルドもリーズと同じように、野次馬に視線を走らせる。

「…いないようだな。怪しいのか?」

「…分かりません。」

 リーズは首を振った。疑っているのは事実だが、証拠は何もない。リーズが見たのは、森に誰かといたことと、ガリアと一緒に歩いていたことだけだ。


「まあ、これ以上ここにいても仕方ない。アリサ、お父さんの勤めてる店に連れて行ってくれないか?誰かに仕入れに行くことを話したか聞いてみよう。」


「はい。…お店、大丈夫でしょうか。」

 アリサが心配そうに呟く。護衛依頼は失敗した。その場合、ギルドから違約金としてそれなりのお金が出ることにはなっている。けれど、店主がいなくなった店を切り盛りするのは大変だろう。

「頑張って欲しいが、こればかりは彼女次第だろうな…。」


「お父さんを守るには、強くならないといけないんですね。」


 彼女と自分の父親を重ね合わせたのだろう。アリサの口がキュッと引き結ばれている。袖口からロージーが出てきて、アリサの顔をちょんちょんとつついた。心配してくれているようだ。


「焦っても仕方ない。アリサが稼げるようになれば、高ランクの護衛だって雇えるぞ。例えば俺とかな。」


 おどけた様子でエドワルドが言うと、アリサの肩から力が抜けた。


「指名依頼にします。」


「よろしくな。行こうか。」


 エドワルドに促され、3人はその場を離れた。


 アリサの父親が勤めている店は大通りから少し入ったところにあった。間口はそれほど大きくないが、2階建てで、店の中はそれなりに広いことがうかがえた。店の名前は『クラリス』。もともとクーラン王国のものを輸入していた店だったが、途中から布専門の店に変わったらしい。

 店に入ると、奥にいたでっぷりとした店主がアリサを見つけ、ゆさゆさと体を揺らしながら近づいてきた。


「アリサちゃんじゃないか。お父さんの具合はどうだい?まさか何かあったんじゃ…」


「ううん。お父さんは大丈夫です。よく効く薬をもらって、怪我も治ったので、来週くらいには復帰できるって治療師さんが…」


 アリサの話を聞いて、店主の男はほっとした顔をする。


「そうか、良かった。俺がこの体だからなあ。仕入れは大変だろうって言葉に甘えちまった。ほんとアリサちゃんには悪いことをした。すまないな。」


「無事だったから、いいんです。でも、その時のことで聞きたいことがあって。」


 アリサがリーズの方を向くと、店主の視線もリーズに向かった。


「冒険者ギルド職員のリーズと言います。盗賊についてちょっと聞きたいことがありまして。」


「アリサちゃんが冒険者になったって噂は聞いてたけど、本当だったんだな。…せっかくだから奥で話を聞こうか。」


 店主がさっきまで座っていたのは商談スペースなのだろうか。大きなテーブルと椅子がいくつかあった。リーズ達が座ったのをみると、店主は口を開く。


「で、何を聞きたいんだい?」


「仕入れに出かけることを誰かに話しましたか?ギルドには来ていないですよね。」


 腕を組んだまま店主は上を見上げる。


「うーん。護衛料が高くなってるって話を聞いてね。ギルドには行かなかったな。隊商にも誘われたんだが、ほら、そんなに遠くない場所だろう?つい断っちまったんだよ。」


「隊商に誘われた?」


 リーズの言葉に店主がリーズの顔を見る。


「そうそう。そういう斡旋の仕事をしてる奴がいてね。あちこちの店に顔を出してるらしいんだが、何しろ高くてねえ。たくさん商人が集まれば安くなるとは言われたんだけど、集まるまで待てなかったんだよ。」


「隊商を斡旋する仕事か…。そいつの名前や居場所は分かりますか?」


 エドワルドが口を挟む。


「名前は…なんだったかなあ。ああ、そうそう、ネメスさんだ。サイラスに住んでるわけじゃなくて、宿屋にいるといってたな。おや、噂をすればなんとやらだ。」


 店主が入り口の方に向かって手を振る。リーズが見やるとそこには長身の痩せた男が立っていた。


「やあ、どうも。この前は大変だったらしいなあ。」


 盗賊に襲われたことを知っているようでネメスは店を見渡す。


「ああ。お前さんの話を聞いておけば良かったと後悔したよ。」


 店主の言葉にネメスの目の奥が光る。


「待てなかったんだから仕方がないさ。次仕入れに行く時は早めに言ってくれれば、他の奴らも集めやすくなるから。…ところで代わりを雇うのかい?今度は女の子か。店番をさせるにはいいかもな。」


 ネメスがアリサをじっと見る。その視線の鋭さにアリサが少したじろいだ。そんな様子に気づかず店主が怪訝な顔をする。


「代わりって何の話だい?」


「盗賊に襲われた奴の代わりを雇うんだろう?」


 ネメスの言葉の意味をしばらく考えていた店主は思わず笑い出した。


「ああ、そうか。そういうことになってるのか。いやいや、マテウスはピンピンしてるよ。」


「生きてる…のか?」


 ネメスの目が驚きで大きく開かれ、血走ったように見えた。リーズは思わず口を挟んだ。


「あの、すみません、ネメスさん。あなたに聞きたいことが…」


「用事を思い出した。また来る。」


 リーズの声が聞こえているのかいないのか、ネメスはそのまま踵を返してほとんど走るように外に出ていった。


「なんなんだ、アイツは…。」


 呆れたような店主の言葉を背中で聞きながらリーズはネメスの後を追うかどうするか迷っていた。そんなリーズの肩をエドワルドが叩いた。


「今はよせ。それより、急いでアリサの家に行こう。お父さんが危険だ。」

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