第3話

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 声の主は、リーズの斜め前あたりに座っている紫色の長い髪の女性だ。皆からの視線をものともせずに高級そうな紺のドレスを身にまとい、腕を体の前で組んでいる。扇子でも持たせたら似合いそうだなとリーズが見ていると、リッテルギルド長はやれやれといった様子で肩をすくめる。


「何しろ国の許可が下りないんでね。あそこに行くには海を渡らなきゃならないが、魔力は濃いわ、強い魔物は出るわで、渡りきれないんだよ。今魔力だけでもなんとかならないかギルドの魔術課でも研究させてるから、もうちっと待ってくれや、『アイネお嬢様。』」


 ざわざわと周りがさざめく。アイネのことは研修中にも噂になっていた。

 アイネはクーラン王国の貴族最後の生き残りだ。幸か不幸か、母親と共にこの国を訪れている時に事件が起こった。事件の後、クーラン王国の代表として祭り上げられた母親は心労がたたって亡くなったという。幼いアイネが次期代表となって元クーラン王国の民のために奮闘していたのだが、何があったのか、なんとしてもクーラン王国に帰りたいから冒険者になるとギルドに乗り込んできたのがつい最近のこと。さすがに冒険者にさせることには周囲からかなり反対の声が上がり、代わりに冒険者ギルドに就職することになった…らしい。


 アイネはリッテルを正面から見据える。


「もう待ちくたびれましたわ。だから私がここに来たんですの。さっさと私を魔術課に配属なさい。」


 魔術課は、魔力や魔石に関する研究を行う部署である。生まれながらに魔力をもっている人は少なくないが、それを魔法などのスキルとして使える人はごくわずかだ。そのため昔から魔力の使用範囲を広げる、あるいは魔石での魔力補充方法などが研究されていた。配属されるには魔力がある程度あることが条件になる。


 リッテルは髪のない頭をガリガリとかく。

「やる気があるのは結構なことだ。今日で研修も終わることだし、ちょうどいいから全員の配属を発表する。全員前に来い。」


ざわっとしながら全員が立ち、リッテルの前に横並びでたつ。様子を伺っていたのか、職員が黒い箱を両手で抱えて入ってきた。箱をリッテルの横におく。箱に入っている四角い形のものは、登録証だろうか。リッテルはそこから一つ持ち上げ、読み上げた。


「アイネ=ローザリンド 魔術課配属。」


 当然だと言わんばかりにアイネがうなずいて、優雅に登録証を受け取った。


次々と名前が呼ばれていくが、ほとんどが依頼課、つまりは窓口業務担当だ。ギルドは王都に本部があり、大都市3箇所、小都市10箇所にそれぞれ支部がある。王都の本部からギルドのある都市にギルド員を派遣する形になっているので、何名かは近隣の大都市に配属される。装備課や外商課など、他にも特殊な課はあるが、基本的には鍛治スキルがあるなどある程度の条件がなければ配属されない。


「リーズ・シーエル。王都依頼課配属。」


「はい。」


 希望していた依頼課配属にほっとする。もらった登録証には自分の名前とサイラス冒険者ギルド依頼課の文字が入っていた。とりあえずここまでは計画通りだ。


「ペルーシャ・イズラウト。救護課配属。」


「はーい。」


(え。)


 思わずペルーシャを見る。同じ依頼課配属だと思っていた。ペルーシャはそしらぬ顔で登録証を受け取っている。救護課は緊急時の後方支援部隊である。怪我をした冒険者を救出したり、大量の怪我人が出るような案件の場合、現地へと赴くのが仕事だ。そのため、医学に通じていたり、回復魔法が使えたりする者が配属される。話すようになってもう1ヶ月は過ぎていたが、そんな話は聞いたことがなかった。


「明日からは配属先に分かれて実際に仕事をしてもらう。王都以外の配属の者は事務局で手続きがあるから帰りに寄るように。諸君の健闘を祈る。では解散!」

リーズは慌ててペルーシャの近くに行った。

「救護課って何よ。」

「あれ、話してなかったっけ?」

 クルクルとした目を向けてペルーシャがとぼける。

「聞いてない。ちょっと聞かせてよ。」

「しょうがないなあ。じゃあ、食べに行こうか。ちょうど美味しい店を聞いたところなんだ。その人も後から来るけどな!」

 ペルーシャは誰にでもすぐに話しかけるので交友関係が広い。リーズもこれまでにペルーシャ経由で同期やギルドの先輩と話す機会が何度かあった。何年も王都にいたにも拘らず、人の多さに気後れし、自分からはなかなか話しかけられないリーズだった。

「知ってる人だといいなあ。誰なの?」

「店に行けばわかる。さあ、行くよ!」


 意気揚々とペルーシャは人の波の中に入っていく。どうやら教えてはくれないようだ。リーズは諦めてペルーシャの後を追った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 



「お疲れ様。これで研修も終わりね。」


研修生達が帰った後、部屋に残るリッテルに声をかけたのは、受付リーダーを務めるシェリルだ。リッテルは疲れたのか椅子をいくつか並べてそこにぐったりとうつ伏せに寝転んでいた。研修生に見せられる姿ではない。その格好のまま、リッテルはシェリルを軽くにらむ。


「なんだ。新人の顔を見に来たのか。もう帰ったぞ。」

「途中ですれ違ったわ。顔を見ても誰だかわからないし。でも、今年の新人はなかなか面白いメンバーが揃っているらしいわね。」


 シェリルが赤い唇をほころばせながらリッテルの肩に触れる。その爪は唇と同じく真紅に塗られている。


「誰が一番リッテルの手を焼かせるのかしら。楽しみね。今のところアイネお嬢様が本命だけど。」


 見える方の片目をゆがませてリッテルは唸る。


「あれはまあ…しょうがない。国からも頼まれてるからな。うちとしても得にならない話じゃない。」


 ギルドが設立されてからかれこれ200年。国との関係は良好だが、問題もないわけではない。冒険者にあこがれ、王都に出てくる者が増加することで、辺境地では過疎化が進んでいる。地方の領主達からは、働き手を奪われたと嫌味を言われる始末だ。これについては冒険者を引退する者を地方に斡旋することでなんとかしているが、王都に慣れてしまった者は地方の村を忌避する傾向がある。さらに王都に人口が集中することで仕事の競争率が上がり、初心者ランクからなかなか抜け出せない冒険者が増えるという悪循環が起こっている。王都への一極集中をなんとかするのが今一番の問題である。


「クーラン王国の解放に冒険者が向かえば、問題の一部は解消する。リングネル鉱石の問題もあるしな。」

鉱石の在庫は後数年というのが、技術課からの報告だ。他の場所で採れないかと探してはみているが、今のところ見つかっていない。


「…そういえば、冒険者ギルドを立ち上げたいって言ってた女の子がいたわね。彼女はどうなったのかしら。」


 採用前には面接がある。その時のことをシェリルは覚えていた。冒険者の役に立ちたい、街のみんなを守りたいなどという志望理由は聞き飽きていたが、冒険者ギルドを立ち上げたい、というのは新鮮だった。どこかで会ったことがある。そんな気がして応募書類を確認したら、ここ何年かギルドに出入りしていた冒険者だった。


「いつでも、どこでも、すぐに人を助けられるような仕組みを作りたいんです。だから、地方にもギルドを作れるようにしたいです。」


 (それは理想論ね。)


言いかけた言葉をシェリルは飲み込んだ。それだけリーズは真摯だったからだ。ミシュリ村の悲劇はギルドにも記録が残っている。


「依頼課配属だ。お前の下につけるから好きにしろ。」

「あら。好きにしていいの?」


 シェリルの新人教育には定評がある。だからこそ新人が入りやすい依頼課にいるのだ。ただ、見込みがないと判断すると、態度が豹変する。それで辞めていく者も多かった。


「あれは、育てれば変わったものが見られる…かもしれん。なにしろ俺の話の途中で寝られるくらいだからな。」

「それは、なんとも判断しにくいわね…。あなたの話は昔からつまらないもの。」

「だったら来年からはお前に任せる。俺は人前で話すのは苦手なんだよ。」


 真面目に言い放ったシェリルを軽くにらむと、リッテルは、よっこいしょと起き上がる。若い頃には感じなかった疲れが、身体に残るようになった。起きた拍子にいくつか椅子が倒れたが、直すことなく扉の方へ体を向ける。


「椅子片付けといてくれ。ギルド長の命令な。」

「ちょっとなによそれ。自分でやりなさいよ。」


シェリルの文句を背中で受け流し、リッテルは部屋を出て行った。




 

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