第9話

 午後の受付は比較的時間に余裕がある。アンドルーと交代して休憩を取って戻ってみても、ギルドの中は両手で数えられるくらいの人しかいなかった。


 隣の依頼終了の窓口では、メイサが依頼料の査定を行なっていた。


「ん〜、アルラウネの根が五千ライヒ、オレガンの葉が二千ライヒってとこかしらね。」


「ええっ、そりゃ安すぎない?宿代しか払えないじゃん。」


 どうやら採集依頼の査定のようだ。常連さんのようで、話し方もお互いくだけている。

 王都での冒険者の生活費は1日1000〜3000ライヒである。家を持つことができない冒険者は宿に入るしかなく、どうしてもその分お金がかかるのだ。


「だったらもうちょっと優しく扱ってきてよ…。ほらここ、葉っぱ潰れてるし。これじゃ薬師さんにこっちが文句言われちゃう。」


 葉の先を指差しながらメイサがいうと、冒険者は困ったように眉を下げ、懇願する。


「アルラウネの根を探すのが大変なのは知ってるだろ? その分なんとか!頼む!」


「うーん、どうしようかな…。」


 冒険者は高い依頼料が欲しい。ギルドとしては適正な依頼料を支払いたい。その間を上手く埋めるのが受付の腕の見せどころである。リーズにはまだ難しい。


「よしわかった!五百ライヒ追加でどうよ。」


 メイサがにこりと笑う。メイサの笑顔に釣られたのか、冒険者も苦笑して頷く。


「しょうがねえなあ。それで手を打つよ。ただ、また仕事回してくれよ。指名だともっといい。」


「それは私が決めることじゃないから。でも今回持ってきたのがガルさんだってことは伝えとくね。」


「ああ、頼むよ。」


 メイサが小さな袋に入れた依頼料と登録証をガルに渡す。ガルは小袋を大事そうに胸元に入れると、壁の依頼書を見ることなくにギルドを出て行った。


 入れ替わりに一人の男が入ってくる。イルだ。茶色の髪、茶色の目で茶色の長い上着を羽織っている。身綺麗にしていて、商人だと言われても信じてしまいそうだ。週に2、3日はやってくるのでリーズも顔と名前を覚えてしまった。思わずにこりとすると、壁の依頼を見るより前にリーズのところまでやってきた。


「やあ、リーズさん。俺あての指名依頼はあるかな。」


 イルは採集能力が高いのか、時々指名依頼が入る。そのせいか朝の混み合った時間には依頼を見にこないで、昼過ぎにくることが多い。物腰もやわらかいのでなんとなく仲良くなり、ちょっとした会話くらいはするようになっている。リーズは今日の指名依頼を確認してみたが、イルの名前はなかった。


「こんにちは、イルさん。今日はないみたいですよ。」

 イルは頭をかく。


「今日はないのかあ。残念。じゃあ、依頼を探すかな。」


「午後来た依頼の中にも採集依頼ありましたよ。イルさんならきっと大丈夫だと思います。」


「はは、ありがとう。探してみるよ。」


 手をひらひらとふりながらイルは依頼書を貼ってある壁にむかった。


「イルさんていつも午後来るよなあ。なんか余裕を感じる。」


 横にいるアンドルーがぼそっとつぶやく。


「指名依頼もあるし、安定してるんじゃない? 普通の依頼受けるのも、実入りの良しあしで選んでないし。」


「だよなあ。人気のない仕事も受けてくれるから、正直助かる時あるよな。」


 依頼の中で人気があるのは、やはり討伐依頼である。なったばかりの冒険者が受けるのもたいていこれだ。討伐料だけでなく、皮や肉、魔石などの素材を売ることもでき、実入りが期待できるからである。

 逆に採集依頼は敬遠されがちだ。採集するものを見分ける鑑定スキルが必須になるし、採集してきたものの品質が悪いと依頼料を下げられることがある。もちろん品質が良いものであれば依頼料も上がるが、その辺は腕が必要になってくるのだ。

 依頼を決めたのか、イルが二つばかり依頼書を持ってくる。


「この二つ、採集地が近いから一緒に受けてもいいかい?この依頼料だと誰も持って行かないだろう?」


 リーズが見てみると、確かに貼られてから大分日にちが過ぎている。


「そうですね。ちょっと聞いてみます。」


 原則として依頼受付は、一回につき一つだ。ただ、イルは今までも依頼を失敗したことはなかったし、言っていることももっともだ。リーズは立ち上がり、シェリルのところに行った。


「リーダー、イルさんがこの二つを一緒に受けてもいいかということなんですけど。」


 シェリルは読んでいた書類から顔を上げてイルをチラッと見た。その後リーズの渡した依頼書をじっと見る。


「確かにどっちも花咲く丘で取れる素材ね。依頼料も少ないから、このままじゃ誰も持っていかないでしょう。いいわよ。」


「わかりました。ありがとうございます。」


 戻ってイルにOKを伝えると、うれしそうに手続きをして帰っていった。冒険者が誰もいなくなったので、リーズは手を挙げて伸びをしながら、メイサの方をチラリと見た。


「『鑑定』スキル…上げたいなあ。」


 リーズの言葉にアンドルーがうなずく。


「できる仕事が増えるもんな。」


 人はそれぞれスキルというものを持っている。スキルには3つの種類があると研修で教えられた。生まれた赤ん坊が言葉を覚えていくように、経験して身についたものがスキルになる。自然習得スキル。仕事などのために、技術を磨いて身につける、技術スキル。そしてもう一つが相続スキル。親から受け継ぐ形で身につけると言われている。スキルの種類は無限とも言われている。スキルが目に見える形で知られるようになったのはまだ100年くらいなので、わからないことも多いのだ。


 『鑑定』スキルは、名前通りいろいろなものの状態を見ることができる技術スキルである。就職する際に習得方法は教えてもらえる。ひたすら自分の知っているものをじっと見るのだ。そのうち名前がふと見えるようになる。初めて見えた時は、思わず感動してしまった。


「とりあえず薬草関係から極めようと思ってるんだけどね。少しは進んでるし。」


 リーズの言葉にアンドルーは腕を組んで頷く。


「依頼も多いしな。俺は食べ物関係だな。魔物の肉とか。」


「さ、さすが料理屋の息子だね…。今度どこにあるか教えてよ。食べに行くから。」


「来てくれるなら安くするよ。客はオヤジばっかりだけどな。」


 場所を聞くと、どうやら屋台が立ち並んでる一画にあるようだ。ペルーシャはともかく、アンネを誘っていいものか迷う。


「喋ってる暇があったらスキルの練習でもしなさい。」


 後ろから声が飛ぶ。振り向かなくても誰の声かは分かっていた。

 リーズとアンドルーは首をすくめると、鑑定練習用の素材を取り出した。


 練習あるのみだ。

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