第5話

「ところでペルーシャは医学の心得がおありなの?救護課なんて驚きましたわ。」

「あ、私もそれは気になってた。どうなの?ペルーシャ。」

 

 食後の果物を食べながらアイネが尋ねる。瓜のような甘い果物だが、やはりアイネのだけは一口大に切ってあった。リーズとペルーシャはかぶりついて食べる。


「医学はあまり得意じゃないけど、薬なら得意なんだ。ボクの夢はねえ、もう治らないと言われた怪我でも治せる薬を作ることさ。ギルド長の目とかね。」

「それはもはや神の領域ですわね…。どんな薬が作れますの?」

「材料と器材さえあれば大抵のものは作れるよ。眠くなる薬もあるし、動けなくなるようにする薬もある。危ないからそうそう作らないけどね。そうそう、惚れ薬じゃないけど、鼓動を速める薬はあってね。これも結構効くみたい。友達には格安で提供するよ。」


 指についた果汁をペロリとなめながらペルーシャはにこっと笑う。顔とは裏腹に言っていることはかなり物騒だ。


「魔力を制御する薬は作れませんの?」


 アイネの言葉にリーズもつい興味を引かれた。おそらくアイネは、クーランに入る方法を探しているのだ。


「魔力かあ…魔力は難しいんだよねえ。」


 ペルーシャは腕を組む。


「魔物を倒すと魔石が手に入る。これは魔物の魔力が結晶化したものだって言われてる。死ぬと魔力が流れずに固まってできるらしい。でも、人間が死んでも魔石はできない。どうしてだと思う?」


「人間と魔物の魔力の種類が違うとか?人間の魔力は固まらないとか。」


 思いつくまま言ってみたリーズの言葉に、ペルーシャが頷く。


「なるほどね。でも魔石を使って魔力を上乗せできるから、まったく種類が違うとも思えないんだよ。人間の魔力が固まらない。うん、その仮説も立てられるね。でもボクは違う仮説を立ててる。」


 得意分野なのか、いつもより饒舌にペルーシャは話し続ける。


「人間の魔力が少なすぎて結晶化できない?」


 アイネが呟く。黙っていると思ったら、ずっと考えていたようだ。


「当たり!…とボクは考えてる。多分結晶化はしてるんだけど、魔石が目に見えないほど小さいから、ないと思われてるだけ。石化症って病気は知ってる?」


 リーズは横に首を振ったが、アイネは首を傾げた後、口を開く。


「確か足や手の指の先が石のように固まってしまう病気でしたわね。そのままにすると命に関わるので固まった部分は切らなければならないとか…。」


「そうなんだよ。そしてこの病気は魔力の多い人ほどかかりやすいんだ。冒険者にも結構いるね。そうそう、クーランでも多かったみたいだね。さすが魔法王国。」


 ペルーシャの目がキラキラを通り越してギラギラしている。


「魔力の濃い場所に行くと魔力酔いを起こして、動けなくなる。これはおそらく魔力を人間の体が取り込みすぎているからだと思うんだ。そしてそのままにしておくと、おそらく石化症になる。さすがに実験はできないけど。」


「魔力を取り込まない方法を考えなくてはならないのですわね。」


「そう。でもそれを薬でどうこうするのは難しいんだよね。例えば身体の中の魔力を動かないようにしようとすると、もともとあった魔力が固まってしまうかもしれない。だから難しい。」


 うんうんとペルーシャがうなずく。


「でもまてよ。逆にすればいいのか。魔力を流れやすくして排出できれば石化症にも使える…?」


 ぶつぶつとペルーシャが言っているが途中から聞き取れない。自分の世界に入ってしまったようだ。やれやれと言った顔でアイネがリーズの方を向く。


「なかなか変わったお友達ですわね。面白いですけれども。リーズさんはどちらからいらしたのです?王都の方ではないようでしたが。」


 残っていたエールをリーズは飲み干す。これで5杯目だ。今日はいつもよりたくさん飲んでしまった。明日の仕事のことがチラリと頭をかすめたが、すぐにどこかに消えてしまった。


「ミシュリ村です。クーラン王国の近くの。」


 アイネは目を見開く。


「あそこは確か魔物に襲われて…。」


 リーズはこくりとうなずく。


「ええ。村の半分くらいの人は生き残ったので、なんとか細々やってるんですけど。でも若い人はどんどんいなくなっちゃって。」


 お酒のせいだろうか。別に話さなくてもいいことがリーズの口から溢れてくる。指が無意識に首飾りの先の部分に触れた。


「若い人がいなくなるのは、仕事がないからなんですよね。だから思ったんです。王都から離れたところでも仕事があればいいんだって。でも魔物がいると危険だから、まずは冒険者にいつでもいて欲しい。でも遠いところまで依頼を受けにいくのは大変だから、冒険者がいてくれない。それなら冒険者ギルドを作っちゃえばいいんじゃないかって思ったんですよ。」


 アイネは黙ってリーズの話を聞いている。でもばっかりで変な話なのに。友達、という言葉に甘えているのかもしれない。


「私はここで仕事を覚えて、冒険者ギルドを新しく設立する方法を探すんです。冒険者が集まれば、宿屋や食べ物屋、武器屋が必要になる。それを支える商人達も必要になる。そうすれば人が集まってくる。私間違ってますかね?」


「この方、お酒を飲むとからみますのね…。」


 アイネの独り言はリーズには聞こえなかった。今度は聞こえるようにアイネはリーズに問いかける。


「問題は、仕事がないところに冒険者ギルドを設立するのは採算が取れないことです。それはお分かりかしら?」

「う、それは…。これから考えます! そのためにギルドに就職したんですから。」


 研修で聞いた話からも正直そうではないかと薄々考えてはいたのだ。何もない田舎に、依頼できるほどの仕事とお金があるだろうか。

 うううっとうなるリーズを見てアイネはふふっと笑う。目的は違えど、やりたい事の方向性は自分と似ている。クーラン王国に入るためにも近くに拠点が必要なのだ。ただやはり、同じ問題にぶつかってしまうけれども。


「あなたと友達になれて本当に嬉しく思いますわ。私もクーランに戻るために近くに冒険者ギルドが欲しいと思ってましたのよ。一緒に頑張りましょうね。」


「ボクも手伝えることがあったらやるからね。面白そうだ!」

 考えごとから戻ってきたのか、ペルーシャが口をはさむ。

「うふふう。友達っていいですねえ…。」

 そこでリーズの意識は途切れた。


 同じ宿だから、と体に似合わぬ力でリーズを抱えてペルーシャが帰っていくのを見送るとアイネは外を見たまま口を開く。


「セバスチャン。」


 初老の紳士がすっとアンネの近くに寄り添う。


「ここの支払いは大丈夫かしら?」

「はい。済ませてございます。お友達もできたようでよろしゅうございました。」


 アイネは思わず赤くなる。

「私にかかれば友達なんてすぐできますわ。それよりも、あちらの話はもう大丈夫なんですの?」

「お嬢様が伯爵家との縁談を断った件でございますか? ギルドに登録した時点で消えております。まさかそれが本当の理由だとは誰も思わないでしょうが。」

「うるさいですわ。クーランを思う気持ちにいつわりはなくてよ。ただあの狸親父に触られると思うと…。」


 ブルっとアイネは身を震わせる。セバスチャンはそれに触れずに一礼する。


「夜も更けてまいりました。帰りましょう、お嬢様。」

「…そうね。明日からが勝負ですからね。今日の宿に案内してちょうだい」

「かしこまりました。」


 冒険者になったとはいえ、連れ去られて愛妾にされては元も子もない。ほとぼりがさめるまで、アイネはあちこちの宿を転々とすることにしていた。どこかに隠れ家を用意したいところだが、冒険者は家を持てない。辛いところだった。

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