文化祭編!

【文化祭編】第1話 クランクイン

体育祭の熱狂も遠い記憶となりつつある10月半ば。校内はすっかり文化祭ムード一色に染まっていた。各クラスの教室からは、何やら賑やかな作業の音や、楽しそうな話し声が漏れ聞こえてくる。俺たち1年3組の出し物は、波乱万丈のクラス会議を経て、クラス全員参加の「ファンタジー舞台」に決定していた。監督は俺、雪村恒成。脚本は西井加奈と西条美沙希。そして主演は、美沙希と幸誠。美沙希はどちらもやるなんて尊敬するな。

秋晴れの空の下、俺は監督としての重圧と、加奈との映画デートの甘酸っぱい余韻との間で、情緒不安定な日々を送っていた。週末の映画デートは、加奈のからかいと俺の赤面といういつものパターンに加え、二人きりという状況が拍車をかけ、俺の心臓は終始悲鳴を上げっぱなしだった。しかし、映画の感想を語り合ったり、カフェでお互いの好きなものを教え合ったりする時間は、間違いなく今までで一番濃密で、そして…楽しかった。

「おはよう、恒成監督。」

月曜日の朝。教室に入るなり、待ち構えていた加奈が、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて声をかけてきた。その手には、分厚い脚本の束が握られている。

「ニヤついてるのはいつもの事だがお前、ヒロインの親友役のセリフ、ちゃんと覚えてきたんだろうな?」

俺は顔を赤らめながらも、なんとか監督らしく(?)言い返す。

「大丈夫だよ 私は脚本家でもあるんだから、全セリフ完璧に頭に入ってるよ」

「だといいけど」

今日の放課後は、いよいよ映画の主要キャストとスタッフが集まっての、本格的な読み合わせとリハーサルが行われる予定だ。監督として、俺は事前に撮影プランや演出について頭の中で何度もシミュレーションしていた。しかし、実際に役者が動き、セリフを口にするのを見るのは初めてだ。期待と不安が入り混じる。

昼休み。俺が謙介や遼たちと弁当を広げていると、加奈が美沙希を連れてやってきた。

「ねえ恒成、今日の読み合わせだけど、ヒロインの美沙希と主人公の幸誠くんのキスシーン、恒成監督はどんな感じで演出するつもりー? やっぱり、情熱的な感じがいいかなぁ? それとも、切ない感じ?」

いきなりとんでもない爆弾を投下してくる。

「はぁ!? キ、キスシーンなんて聞いてないぞ!」

俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。脚本には確かに恋愛要素はあったが、そんな直接的なシーンはなかったはずだ!

「えー? 書いてなかったっけ? じゃあ、今から追加しとこっと。美沙希、幸誠くん、よろしくね!」

加奈は悪戯っぽく笑いながら、脚本に何か書き込もうとする。

「西井さん、あまり雪村監督をからかうものではありませんわ」

美沙希が、呆れたような、しかしどこか楽しそうな表情で加奈を諌める。その言葉遣いは、以前よりも少しだけ柔らかく、親しみやすくなった気がする。

「でも、加奈さんの言う通り、恋愛映画ですもの、クライマックスにはやはり印象的なシーンが必要かもしれませんわね。雪村監督の演出、お手並み拝見ですね」

そう言って、美沙希は俺に向かって優雅に微笑んだ。

幸誠はといえば、そんな俺たちのやり取りを、少し離れた場所で苦笑しながら見守っている。彼も、ヒロイン役の美沙希との共演には、まんざらでもない様子だ。

快斗は、舞台の制作進行係としての仕事で、忙しそうに資料を整理している。美波先輩が卒業する前の最後の文化祭。彼なりに、何かを見つけようとしているのかもしれない。

そして放課後。視聴覚室に、映画の主要メンバーが集まった。監督の俺、脚本兼ヒロインの親友役の加奈、主演の幸誠、そしてヒロイン役の美沙希。カメラ担当の謙介、音声担当の遼、記録係の紗希、そして制作進行の快斗も顔を揃える。

部屋には、程よい緊張感と、何か新しいものが始まろうとしている高揚感が漂っていた。俺は深呼吸を一つして、メンバーを見渡した。

「えー…それじゃあ、これから、俺たちの映画『秋風のプレリュード(仮題)』の、最初の読み合わせとリハーサルを始めたいと思います。監督の雪村恒成です。…不慣れな点も多いと思うけど、みんなで最高の作品を作りたいと思ってるんで、よろしくお願いします!」

柄にもなく、少しだけ真面目な挨拶をしてしまう。

加奈が、隣で俺の顔をじっと見つめている。その瞳は、いつものからかうような色ではなく、どこか真剣で、そして期待に満ちているように見えた。

「うん。よろしくね、恒成監督。私たち脚本家チームも、監督のイメージを形にできるように、全力でサポートするから」

その言葉は、力強く、そして温かかった。

幸誠も美沙希も、真剣な表情で頷いている。謙介や遼も「おう、任せとけ!」と頼もしい。

秋の日は短い。窓の外はすでに夕焼けに染まり始めている。文化祭まであと数週間。俺たちの、一度きりの舞台作りが、今、まさにクランクイン前夜の緊張感と共に、始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る