予測不能な君がいる

てぺん

第1話 再会は突然に、そして容赦なく

新しい制服はまだ体に馴染まず、どこか借り物みたいで落ち着かない。今日から俺、雪村恒成ゆきむらこうせいは高校生だ。まあ、隣町にあるごく普通の中高一貫県立高校なんだけど。

入学式は体育館で滞りなく終わり、今は指定された教室、1年3組の前で立ち尽くしている。ドアにかかったプレートを見つめ、深呼吸。大丈夫、きっと大丈夫だ。友達だって、まあ、ゼロから作るわけじゃない。

「よお、恒成! やっぱお前も3組か!」

背後から肩をバンと叩かれた。振り返ると、そこにはニヤニヤと笑う見慣れた顔。

「謙介! お前もか!」

「おうよ! 幼稚園から数えて、これで何年連続だよ? 腐れ縁だな、俺たち!」

佐藤謙介さとうけんすけ。こいつとは、物心ついた時からずっと一緒だ。幼稚園も、小学校も、そして高校まで。正直、こいつが同じクラスにいるだけで、俺の高校生活の難易度は大幅に下がる気がした。それくらい、心強い親友だ。

二人で教室に入り、適当な席に座る。まだ生徒はまばらで、新しい教室の匂いが鼻をついた。これから始まる高校生活に、少しだけ胸が躍る。中学時代とは違う、何か新しいことが起こるんじゃないか。そんな淡い期待を抱いていた、ほんの数分前の俺を殴ってやりたい。

やがて担任の先生…どこかで見た顔だと思ったら、小学校の時の先生、宮間先生だった!…が入ってきて、簡単な自己紹介とHRが始まった。先生、俺たちのこと覚えてるかな…なんて考えていた時、先生がパン、と手を叩いた。

「えー、今日は皆さんに、もう一人新しい仲間を紹介します! 外部生よ」

教室がざわつく。うちの学校はもとより外部性が非常に少ないのだ。どんな奴だろう。俺も少しだけ興味が湧いた。

ドアがゆっくりと開く。そこに立っていたのは――。

息が、止まった。時間が、止まった。いや、世界が止まったような感覚に陥った。

艶やかな黒髪。少し大人びた、けれど見覚えのある整った顔立ち。すらりとした立ち姿。

「西井…加奈…?」

思わず、声が漏れた。隣の謙介が「え?知り合い?」と聞いてきたが、答える余裕なんてなかった。

西井加奈にしいかな。幼稚園、小学校と同じだった女の子。中学に上がるタイミングで、彼女は親の都合で遠くに引っ越してしまった。それ以来、会っていなかったはずだ。なのに、どうして今、ここに?

頭の中で、小学校卒業間近の、少し寂しそうな彼女の顔がフラッシュバックする。それと同時に、もっと昔の、幼稚園時代の記憶も蘇ってきた。砂場で作ったお城。二人で乗ったブランコ。そして――おままごとで、俺が無理やりやらされた、旦那さん役…。

「うわあああああ!」と心の中で絶叫する。まずい、まずすぎる! なんでよりにもよって、こいつが転校してくるんだ! しかも同じクラスって!

加奈は落ち着いた声で「西井加奈です。今日からお世話になります。よろしくお願いします」と短く自己紹介を終え、ぺこりとお辞儀をした。男子生徒たちが色めき立っているのが分かる。まあ、そうだろう。あいつ、昔から可愛かったけど、さらに綺麗になりやがって…。

問題は、彼女が俺の存在に気づいているかどうかだ。頼む、忘れていてくれ…!

そんな俺の祈りは、無情にも打ち砕かれた。

「じゃあ西井さん、席は…そうね、あの窓際の空いてる席にしましょうか」

宮間先生が指さしたのは、なんと、俺の前の席だった。終わった。俺の平穏な高校生活は、始まる前に終わった。

加奈は静かに頷くと、まっすぐ俺の方へ歩いてくる。その足音が、やけに大きく聞こえた。そして、俺の目の前の席に、すとん、と腰を下ろした。シャンプーのいい匂いがふわりと漂ってきて、心臓がうるさくなる。

HRが終わり、先生が出ていく。周りの生徒たちが新しいクラスメイトと話し始める中、俺はできるだけ気配を消して、この場をやり過ごそうとしていた。

「久しぶり、雪村くん」

背後から、澄んだ声がかかった。びくりと肩が跳ねる。ゆっくりと、本当にゆっくりと振り返ると、そこにはニコリと微笑む加奈がいた。

「え…あ…お、おう…ひ、久しぶり…です…?」

ダメだ、完全に挙動不審だ。顔が一気に熱くなるのが分かる。敬語になってるし!

加奈はそんな俺の様子を見て、くすくすと笑った。その笑顔は昔と変わらないようでいて、どこか大人びていて、心臓に悪い。

「ふふ、そんなに驚かなくても。私のこと、忘れちゃった?」

その言い方! 絶対に俺が誰か分かってて、からかってる!

「わ、忘れるわけないだろ!」

意地になって言い返す。そうだ、こいつは昔からこうだった。いつも俺をからかって、面白がって…!

すると加奈は、さらに顔を近づけてきて(近い近い近い!)、悪戯っぽく目を細めた。

「そっか、よかった。私も、雪村くんのこと、よーく覚えてるよ?」

そして、とびきりの笑顔で、こう続けたのだ。

「特に、幼稚園の頃の…ね? 私の、だーんな♡さま」

最後のセリフは、まるで耳元で囁かれたかのように、俺の脳天を直撃した。

「~~~~~~っっ!!」

顔から火が出るって、こういうことを言うんだな。俺は真っ赤になったまま俯いて、机に突っ伏した。耳まで熱い。心臓はバクバクうるさいし、もう何も考えられない。

隣からは、謙介が必死に笑いをこらえている気配がする。最悪だ。初日から、俺の黒歴史が白日の下に晒されたも同然じゃないか。

目の前では、加奈が満足そうに微笑んでいる気配がする。

ああ、神様。俺の高校生活、始まったばかりなのに、もう終わったかもしれません…。

これから毎日、こいつと同じクラスで過ごすのか? 耐えられるのか、俺は…?

西井加奈との再会は、俺の淡い高校生活への期待を木っ端みじんに吹き飛ばし、代わりに容赦ない戦いのゴングを鳴らしたのだった。もちろん、初日の勝敗は言うまでもない。完敗だ。

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