マッドダンサー〜オレはただ死にてぇだけなのに。邪魔するヤツは殴って蹴ってぶち殺す〜

星乃カナタ

第1話 デッド・デッド・デッド!

 俺───東雲しののめアズマは、隠れていた。


 車の裏に身を潜めて、息を止める。

 気づかれないように。

 ヤツに、気づかれないように。


「っうぅ……」


 吐き気が体中をめぐる、酸欠で頭が痛い。

 でも我慢する。荒廃したスーパーの駐車場で耐え忍ぶ。

 両手に抱えているのは、消費期限を一年半以上過ぎている缶詰たちだ。あえてコレを選んでいるわけじゃねえ。コレしかなかったのだ。

 それはともかく、まずは。

 生き残ることだけを考える。

 生きる為の食料を、みんなに届けなければいけない。


「へへっ、へへへっ、へへっ、もうだーれもいねーかあ?」


 どん、どん、どん。

 男の声が、足音が、聞こえてくる。

 心臓の鼓動がうるさいぐらい叫んでいる。

 お願いだから、早くこのフザけた時間よ過ぎてくれ。

 そう心の中で祈り、ただ耐える。

 俺にはそれしかできないから。


「っち、本当に誰もいねーのかよお。今日はちと、味変するかぁじゃあ?」


 数十分は固まっていただろう。

 気が付けば、ヤツはいなくなっていた。


 恐る恐る車体から顔を出し、辺りを見渡す。


「流石にもう、いねぇか? ……っあの殺人鬼」


 とは言え、安堵は出来ない。

 いつヤツが襲ってくるかなんて、分かったもんじゃないからな。

 両手に抱えた缶詰を落とさないように。

 しかし出来るだけ早く、俺は孤児院いえに向かって走り出した。



 ◇◇◇



 世界が一変したのは、俺が中学一年生のとき。

 20XX年6月15日土曜日13時15分23秒。

 原因不明の超太陽フレアが地球を襲った。日中は本当の意味で炎天下となり、外に出た人間はたちまち炎に包まれて死んだ。

 木造建築はぜんぶ燃えた。

 東京は一瞬にして、炎の海に包まれた。

 最初は前代未聞のテロかと思われた。

 だが、違った。違ったらしい。

 数週間後にようやく繋がったラジオは、こう言った。

未曾有みぞうの大災害。太陽フレアによる影響で、世界人口の約78%の人間が死亡したと推定されます』と。

 つまるところ、世界は自然災害によって壊滅したわけで。

 俺の両親も、その犠牲者となった。

 いや、正確には分からない。

 ただ、父さんも母さんも、仕事に行ったっきり帰ってこなかった。

 まあ、死体が見つからない限り死因は分からないけどさ。

 死んだことに間違いはなかった。

 家に、俺は一人きりになった。

 なんとか家にあるお菓子と水で、二週間は耐えた。


 でも限界だった。

 水は切れかけていたし、外に出なくても、昼夜問わずクソみたいに暑いし。

 電気もガスも通ってないから、電池で動くモノしか使えないし。

 電波通らないし────なんて、文句を言えば、それで一日が終わる。

 中学一年生にとって、一人で二週間耐え抜くのは、かなり頑張った方だったと思う。


 あと一週間は生き残れなかっただろう。


 俺は幸運なことに、この災害で両親を失った子供たちを匿ってくれるヒトに出会った。

 もう心はボロボロ。死んでも構わないって思った。

 というか死にてーって、本気で思っていた。

 だから災害が起きてから初めて、外に出た。

 燃えたくはないから、夜に外へ出た。


「君、もしかして独りかい?」


「名前は?」


 その人は、猫背な老人だった。人を助けるどころか、子供を助けるどころか、まっさきに助けが必要そうな男だった。


東雲しののめアズマ……」

「アズマか。そうか、良い名前だ」


 彼は優しい声色で、あてもない俺を匿ってくれた。

 名前は田中たなかぞうと言うらしい。


「災害前から、夫婦で孤児院をやっていてね。災害でおばあちゃんがいなくなってしもうたけれど、ワシは孤児院を続けたのじゃよ」

「一人じゃ辛くないの?」

「つらいよ。でも、婆の分まで人を助けないと。気が済まんのじゃ。それがワシと彼女の約束だからの」


 家から徒歩二十分ぐらいで、孤児院の建物についた。

 西洋風の城みたいな建物だった。

 中学への通学路の途中だったから、見知らぬ建物ではなかった。でもまさか、ココが孤児院だとは。

 だって、外装的にラブホだと思ってたしさ。

 ごめん。田中さん。


「ほら、汚いが、悪くないじゃろ?」

「まあ。うん」


 中には、沢山の子供たちがいた。

 俺と同年代であろう男子女子もいたし、もっと下の年代の子も沢山いた。


「新しい子? よろしく!」


 玄関で呆然と立っていると、一人の少女が駆け寄ってくる。茶色の長髪が、綺麗な少女だった。正直、一目惚れ。

 だが人見知りの俺。年頃の俺。

 まともな返答も出来るわけがなく、


「あ、うん」


 と、ぶっきらぼうに答えてしまった。


「この子は、美子ミコじゃ。中学一年生、同い年同士仲良くするのじゃ」

「美子です! よろしく!」


 でも、それでも。

 美子は髪をひるがえして、屈託のない笑みを浮かべてみせた。

 正直、惚れた。

 だが人見知りの俺。年頃の俺。

 まともな返答も出来るわけがなく、


「よろしく……オレはアズマ」


 またしても、かなりぶっきらぼうにに答えてしまったわけ。

 それでも。彼女はふふっ、と笑う。


「人見知りなんだね、仲良くなれそう!」

「はあ」


 天真爛漫。

 人見知りな俺とは正反対。

 対極の存在だった。

 太陽みたいな少女だった。


 孤児院に入ってからというもの、嫌というほどそれを痛感した。そして、彼女に影響されて、俺もだんだん明るくなっていった。


 とある日の朝は。


「ねぇねぇ、勉強教えて?」

「今頃、勉強やったって意味なくない?」

「いやあるもん! 数学教えて!」

「…………」

「教えて!!」

「分かった」


 とある日の昼ならば。


「ねえ、一緒にお昼寝しよ?」

「し、しないわ。誰がお前みたいな奴と寝るかよ、暑いじゃん」

「ねえー、そんな事言わないでよーっ。あ、無理やり入るね」

「はっ!?」


 とある日のお菓子の時間ならば。


「お菓子は何が好き?」

「かば○きさん一択だろ、それ以外何かある?」

「うわ過激派だね! 私はわさ○のり太郎かな」

「邪道だ」

「はい!?」


 とある日の夕飯の時間ならば。


「今日のサバ缶は俺が貰うからな!」

「いやいや、いくらアズマといえど譲りませんよ! 勝負! 勝負!!」

「じゃあ、じゃんけんで決めようぜ! 最初はグーっ、! じゃんけん……っ」

「ぎゃああああああ!?!? 負けた!?」


 いつの間にか、美子は俺の世界の中心になっていた。

 天真爛漫たいようみたいな彼女は、暗くよどんでいた俺を明るく照らしてくれた。中学一年生の時は死んでもいいなんて、思っていたけれど。

 もう少し生きてもいい、と思わせてくれた。


 これは、とある日の夜の会話。


「ねぇ、私たち。あと三年後には大人だよ?」

「…………もう十七か、俺たち」

「ま、もう憲法なんて動いてないから関係ないけどねー」


 孤児院の二階の一室にあるバルコニーで、夜空を見上げる。

 満天の星空。昼とはまるで大違い。

 太陽フレアの影響なんて、まるでなくなったかと勘違いしてしまう程、綺麗な夜空だった。


「ねえ。アズマ?」

「なんだよ、急にさ」


 いつの間にか身長を追い越してしまった。

 相も変わらず綺麗な茶の長髪をなびかせながら、美子は上目遣いでコチラを見てくる。

 夜空なんかよりずっと綺麗だ。

 まじで。

 冗談抜きで。


「私たち、大人になったら、どうするんだろうね?」

「どうって?」

「前はさあ、将来の夢とか。漠然としてたけど、あったでしょ? でも今の日本じゃ、そんな事言ってらんないし」


 将来の夢。

 中学一年生の時、俺は何になりたいって思ってたっけか。

 もう忘れちまった。

 四年前が、とっくの昔のように感じる。


「生きるのに精一杯。親の顔は忘れたし。思い出を見返す道具もない。私には、もうココしか残ってない」


 何も返せなかった。

 どう返していいか、分からなかった。


「もう地球は人が住める環境なんかじゃなくて。食べ物をスーパーから取ってくるだけで、いつも命がけ。外には平気で人を殺そうとする人が歩いているけど、誰も罰することなんてできない。無意味でも、快楽のためでも、罰する大人はもうこの世界にいないから。罰することなんて、できない」


 返せない。

 月が雲に隠れる。


「社会は壊れきっていて、生活が元通りになるなんて有り得ない。いつ食料が尽きるかも分からない。成長しても、生きていても、その先には何もない。誰もいない。そもそも、生きている意味すら分からない」


 言葉はやはり返せない。

 彼女は夜空を一瞥する。

 一瞬、流れ星が流れたように見えた。

 でも、気のせいだったかもしれない。


 そんなの気にせず、彼女は、


「ねぇ、アズマ?」


 美子は俺の目を見て、言った。


「私たち、どうやったら大人になれるんだろうね?」


 その時。

 唐突に、缶詰が落ちた音がした。



 ◇◇◇



『異常』。


 孤児院に戻ってくる頃には、空は明るくなりつつあったから。

 おかげでよく見えた。一目で分かった。

 窓は全部割れていて、いつもは聞こえる子供たちの声は聞こえなくて。

 玄関の扉は半開きになっていて、ドアからは手が項垂うなだれているのが見えた。


「っ…………ぁ、は?」


 意味が分からない。

 なんで、こんな事になってる?

 子供が遊びすぎたとか?


 有り得ないだろ。

 ありえ、ないだろ?


「きゃあああああああああああ、っあ、あ」


 女の悲鳴が、中から聞こえた。

 それが誰のものであるかは明白で、俺は本能のまま、孤児院の扉を蹴破った。

 ドアに項垂れていた何かが、衝撃で転げていく。

 それは人だった。

 赤く染まった、老人。


「ぁ」


 息が吸えなかった。

 だって、ココは死の匂いしかしなかった。


「ぁぁ」


 それに、死体の山しかなかったから。

 いつものリビングには、みんなの死体が無造作に横たわっている。

 みんな等しく、血だらけ。

 リビングの奥には二つの人影があって、


「あ、ずま…………っ」

「美子!!!!」


 間違えるわけもない。その内の一つは、まさしく美子だった。

 彼女は首と口から血を流して、横たわっている。

 そして、その前に一人の男が立っていた。

 黒の覆面を被る男だった。さっき、駐車場で俺を探していた男。

 右手には、血が付いた果物ナイフらしき刃物が握られている。


 怖い。

 だけど、


「あぁん? 誰か、まーだいたのっltjつぁか」


 男が振り返ってく────その前に、


「ぐぎゃぁあ!?」

「てめえええええええええええええ!!!!!」


 無意識。

 俺の手は、男の首を絞めていた。

 男を押し倒し、上に乗る。

 相手も抵抗して、右手のナイフを振り回す。


「うぁ、ぁが」

「死ね! 死ね!! 死ね!!! 死ね!!!!!」


 ナイフが腕をかする、首に刺さる、右目の眼球に刺さる。

 クソ痛てぇ。でも、知らねぇよ、そんなの。

 首を絞める、その力を強める。


 足が暴れる。でも、関係ない。

 俺も死ぬ。関係ない。

 関係ない。

 もう、全部関係ない。


「…………はぁっ、はぁっ、っぁ、はぁ」


 数分が経つ頃には、男は動かなくなっていた。

 俺がコイツを殺す頃には、みんな死んでいた。


「あ、ぁあ」


 声が出ない。


 首を絞める力を緩めて、すぐに美子の元へ駆け寄る。

 でも、手遅れだ。

 首と胸から、信じられないほどの量の血が出ている。

 彼女の瞳から光は消えていて、体もすっかり冷え切っていて。


 現実を、理解出来なかった。

 頭がぼんやりする。


「あーあ、こりゃ酷い」


 でも、扉の前に一人の女が立っている事だけは分かった。


「キミが全員殺したの? それとも、キミだけ生き残ったの?」


 女の無機質な、他人事のような声に苛立つ。

 今の俺の沸点はマイナス二百七十三度。


「まあ、どちらにせよ。可哀想だなあ。って、うわ」


 女の体を勢い良く押し倒した。

 玄関の外の芝生に倒れる。

 俺の感情は、あの殺人鬼を殺した程度じゃ気が済まなかった。


 全員、殺す。


「てか、燃えちゃうけど良いの?」

「…………」


 太陽はすっかり昇りきっていたから、女の顔がよく見えた。青黒ネイビー色でウルフカットの髪に、青い瞳。感情はなく、冷え切った月のような女。

 碧色あおいろの軍服らしきパンツと上着に、黒のタイツ。

 全身が、まるで陰のような女だった。

 この状況にも、まるで動揺していない。

 うざい。コイツを泣かして、バラバラにして、絞め殺して。

 そして、そして。

 右手を振り上げ、


「あー、そういうこと」


 振り下ろす。


 そしたら、


 視界が真っ赤に染まった。


 宙に舞う不思議な感覚。


 拳は、空ぶった。


「狂っちゃてるのね、君も」


 視界の端に映るのは、首がない俺の体。

 どこから出したのか、斧を持って立つ女の姿。

 彼女が着ている軍服は、何故か赤く染まっている。

 どさり、と重い音が鳴った。

 まあ。つまるところ。


 俺───東雲しののめアズマは、殺された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る