第18話 覚醒者の真実 ― 黒の記録 ―

 ゼロの残した結晶は、翌朝には中央研究棟の深層に運ばれていた。

 セリアは誰にも知られぬように封印区画の鍵を開き、分析装置の前に立つ。俺もその隣にいた。

「……表層はただの結晶構造です。だが、内部の層に——異常な波形がある」

 端末に映る波形は、まるで文字のようだった。規則性のある配列、反復する符号。

「これは……言語?」

「古代構文です。ギルドでも一部の研究者しか解析できない“アーク文字”」

 セリアの指が端末の表面を滑る。波形が変換され、文字が連なっていく。

《我らは壊れた。ゆえに記録した。肉体を超え、意志を留めるために》

 読み上げた瞬間、室内の照明が一瞬だけ明滅した。

 黒の魔石が反応している。俺の胸が重くなる。

「これは……記録か? 誰かの“声”なのか?」

「正確には、記録された意識の断片。——黒の魔石そのものが、古代の意思を保存する装置なのです」

 息を呑む音が、自分のものだと気づかなかった。

「つまり、俺たちの“覚醒”は……」

「進化ではない。——再起動です」

 セリアの声が、静かに部屋を満たす。

「数千年前、人類は“臨界共鳴”によって崩壊しました。けれど一部の者たちは、自分たちの意志を魔石に刻み、未来へ託した。それが、覚醒の源」

「じゃあ、俺は……その誰かの続きだっていうのか」

「いいえ。あなたは今を生きる人間です。ただ、その中に“かつての意志”が共鳴しているだけ」

 モニターの中央に映る古代の映像が、淡く動き出す。砂のようなノイズの中、白い衣を纏った人々が立っていた。背後には黒い塔、空は裂け、光が降り注ぐ。

 その中心に、一人の青年がいた。——ゼロに似ていた。いや、ゼロがその複製なのだと直感した。

《我らの名は、アーク。再び歩みを始めるための“最初の覚醒者”》

 映像の青年がそう言った瞬間、胸の黒が疼いた。まるで中から誰かが呼吸している。

 セリアの手が震える。端末が警告音を鳴らした。

「過負荷反応。黒の魔石が——共鳴を始めています」

「止めろ!」

「駄目です、自己循環です!」

 黒の光が視界を覆った。世界が反転する。音も色も消え、ただ一面の闇だけが広がった。

 そこに“声”があった。

《また会えたな。継ぐ者よ》

「……誰だ」

《お前だ》

 その声は、俺自身のようでもあり、まったく別の何かのようでもあった。

《我らは忘却された種。だが意志は死なない。覚醒とは、その再現。》

「じゃあ……俺は、何のために覚醒した?」

《選ぶためだ。再び滅ぶか、それとも、違う未来を描くか》

 闇が波打ち、映像が崩れていく。手を伸ばしたが、指先がすり抜けた。

 次の瞬間、白い光が走り、現実が戻る。

 研究室に戻ったとき、セリアが俺の肩を支えていた。彼女の手が温かい。

「大丈夫ですか」

「……ああ。ただ、少し見た。何か、昔の世界を」

「黒の魔石はあなたの記憶を媒介に、記録を再生したのでしょう」

 セリアは静かに息を吐く。瞳の奥に、言葉にできない感情があった。

「レイジ。あなたは“誰かの意志”を継いでいる。でも、それはあなた自身の選択を奪うものではありません」

「……そうだな。俺が選ぶ限り、俺は俺だ」

 天井の照明が戻り、黒い結晶が静かに沈黙する。

 だが、その中心で、微かな脈動が続いていた。

「セリア、あの声が言っていた。“滅ぶか、描くか”。……どちらも選ばないってのは、駄目か?」

「選ばないことも、またひとつの選択です」

「なら、俺は——描く方を選ぶ」

 黒の魔石が淡く光った。それはまるで、肯定するような温かさだった。

     ◇

 その夜、中央の空は珍しく雲がなかった。

 高層の塔の間に月が浮かび、街を静かに照らしている。

 胸の奥で、黒の光が穏やかに揺れた。

 覚醒は、進化でも奇跡でもない。——選択の連鎖。

 俺はその夜、初めて“黒”を怖いと思わなかった。

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