第15話 協田と坂本、初めてのサシ飲み

「知り合ってもう五年経つのに、協田はんとこうして飲むのは初めてやな」


 坂本は仕事帰りに協田を誘って、行きつけの居酒屋に来ていた。


「けど、いつも断っとったのに、なんで今日は来てくれたんや」


「そうですね。今日はなんとなく飲みたい気分になったというか……」


「なんかあったんか?」


「応募していた小説のコンテストに落ちたんです。今回は自信があっただけに、今までよりショックが大きくて……」


「そうか。ちなみに、どんな小説を書いたんや?」


「簡単に言うと、主人公の女性を男性二人が取り合うという、オーソドックスな恋愛小説です」


「ふーん。わては恋愛のことはよう分からんけど、もしかしたら、設定がまずかったのかもしれへんな」


「と言いますと?」


「主人公を男にして、多くの女が取り合う設定にした方が、わてはいいと思うけどな」


「なるほど。確かにその方が、面白くなりそうですね」


「せやろ? それに、協田はんのこれまでの経験を参考にすればええんやから、筆も進むんとちゃうか?」


「それはどうですかね。坂本さんが思ってるほど、俺はモテてきたわけではないので」


「よう言うわ。現に今の職場でも、モテモテやないか」


 坂本はあきれた表情で、キレ気味に返した。


「確かに、実習生たちには気に入られているみたいですが、彼女たちに恋愛感情はないと思いますよ」


「いや。あの子たちはみんなシャイやから、告白とかはできひんやろうけど、心の中では協田はんと付き合いたいと思っとるはずやで」


「まさか、それはないですよ。彼女たちは職場に同じ国の男性がいないから、俺に弁当を作ったりしてくれているんです。いわば、疑似恋愛みたいなものですよ」


「それは協田はんがそう思うとるだけや。それに、あんたはあの子たち以外にも、モテとるやないか」


「例えば?」


「浅田ちゃんや。彼女は高井を振ってから、あんたのことばかり見とるで」


「そうですか。それは気付きませんでした」


「浅田ちゃんは、工場の中で一番の美人や。そんな子に好かれとるんやから、ほんま羨ましい限りやで」


「坂本さんだって、最近佐藤さんといい感じになってるじゃないですか」


「ア、アホなこと言うな! 佐藤ちゃんとは一回飲みに行っただけで、それ以上のことはまったくないで」


 協田の言葉を、坂本は明らかに動揺しながら否定した。


「でも、彼女とカラオケに行く約束をしたんでしょ?」


「なんで、そんなこと知っとるんや?」


「この前、本人が嬉しそうに言いふらしてましたよ」


「なんやて! あいつ、どういうつもりで、そんなこと言いふらしとるんや」


「坂本さんとカラオケに行くことが、楽しみで仕方ないんですよ。それを、みんなに知ってほしかったんだと思います」


「……うーん。みんなが知っとるとなると、なんか二人で行くのは照れくさいな。どうや、いっそのこと、みんなで一緒に行かんか?」


「俺は行ってもいいですけど、佐藤さんとしては、坂本さんと二人きりの方がいいんじゃないですかね?」


「いや。カラオケは二人より、大勢で行った方が絶対盛り上がる。佐藤ちゃんには、わてが言っとくから、協田はんはみんなにそう伝えてや」


「分かりました。じゃあ、一応言っておきます。それと、前から聞きたかったんですけど、坂本さんて独身ですよね? なぜ今まで結婚しなかったんですか?」


「わてはこんなちゃらんぽらんな人間やから、結婚には向いてないんや。それは本人が一番よう知っとる」


「じゃあ、これからも結婚する気はないんですか?」


「まあな。わてみたいな者が結婚なんかしたら、相手が苦労するのが目に見えるよってな。それより、協田はんはどうなんや。結婚する気はあるんかいな?」


「俺も今のところ、考えていません。これから小説や脚本のコンテストに受賞して、プロになれば考えるかもしれないですけどね」


「じゃあ、このままプロになれんかったら、一生独身でいる気かいな?」


「まあ、多分そうなるでしょうね」


「それはもったいないで。あんたみたいな男前は、結婚して子孫を残さなあかん」


「それなら、坂本さんだって同じでしょ。坂本さんみたいなユニークな人は、結婚して子孫を残すべきです」


「あんた、わての言ったことをなぞっとるだけやないか」


「バレました? けど、俺は生まれ変わったら、坂本さんみたいなユニークな人になりたいと、ずっと思ってるんですよ」


「それ、ほんまか? わては、あんたみたいな男前に生まれ変わりたいけどな。それで女にモテまくって、人生を謳歌おうかするんや」


「結局はないものねだりなんですかね。俺の中で一番欠けてるのは、ユニークさだから」


「それじゃ、わてが不細工みたいやないか。わてはあんたほどじゃないけど、そこそこイケメンやっちゅうねん」


「誰も不細工だなんて、言ってないじゃないですか。ほんと、被害妄想が過ぎますよ」


「まあそれが関西人のさがっちゅうやつやな。ぎゃははっ!」


 その後、二人は心ゆくまで二人飲みを堪能した。









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