51話 確信
次の日、貴族との会合を終え俺は庭園に彼女を迎えにいった。
彼女は昼食を終えドラクレシュティ城の庭園を愛おしそうに眺めている。
その視線は、まるで庭園を手入れした者に対する敬意を含めているようだった。
俺の姿を見ると、彼女は緊張した面持ちで急いで立ち上がり礼の姿勢を取った。
夢と同じだ。
この光景、この瞬間、この彼女の仕草。すべてが、俺の脳裏に焼き付いた悲劇の記憶と完全に一致する。
「ルーファス様、婚姻の書類の手続きをされるのでしたら、応接室を準備させます」
「いや、ここでいい。書類を持ってきてくれ」
アルローは従者に準備させていた婚姻の書類をテーブルに置いた。
その書類には、すでにフィオナ・ペンフォードの名前が記載されている。
この書類に俺が名前を書き、王都に送れば婚姻の手続きは完了する。
婚姻は、俺が
その為に多額の支度金を詰んで彼女を買ったのだから。
だから俺はペンを握り、彼女の名前の隣にペンの先を添えた。
あとは名前を書くだけだ。
それなのに、夢の中で見た彼女の死がそれを躊躇わせペンを持つ手がかすかに震えた。
「お待ちください、ドラクレシュティ辺境伯」
彼女の言葉に、俺はペン先を書類から離し顔を上げた。
彼女は決意を込めた表情をしている。
ああ……彼女が何を言うつもりか“知っている”。
そうだ。彼女は一度ここで視線を落とす。
怖くてたまらないと、その青い瞳を揺らしながら俺に言うんだ。
「もしかすると、婚姻に手違いがあったのかもしれません。私は……神に見放された者です。魔法は一切使うことができません。私のような……」
その先の言葉を“また”飲み込んで、彼女は胸の前で小さく細い手を握りしめた。
「……もしかすると、行き違いがあり、妹のクロエ・ペンフォードと勘違いされているかもしれないと……」
「違う」
もう誤魔化しようがなかった。
理性は「偶然だ」と囁く。
だが、この胸の痛みも、この記憶も、そして、目の前の彼女を抱きしめたいと願うこの感情も、すべてが本物だった。
「私は…フィオナ・ペンフォード、君を……望んだんだ」
彼女は困惑した。
きっと頭の中はどうしてという思いでいっぱいになっているはずだ。
「君は分からないと思う。だけど……私は君がここにいることを何よりも嬉しく思っている……」
「え……?」
彼女は美しい瞳を瞬かせた。
その瞳に魅せられ、流れそうになる涙を堪えた。
「フィオナ、君はいいのか。この書類に、私が名前を書き、王宮に出せばこの婚姻は成立する。君はドラクレシュティ辺境伯の妻、私の妻になる。本当に、君はそれでいいのか?」
彼女は俺の問いに戸惑いを隠せていなかった。
俺の質問の意図を懸命に探すように、瞼が瞬き、瞳が揺れている。
そして、彼女は優しく微笑んだ。それは、あの日の洗礼式の時と同じ花が咲くような微笑みだった。
「はい。ドラクレシュティ辺境伯が、私でいいと仰ってくださるなら、私にできることを精一杯させていただきたいと思います」
思わず彼女の頬に手を添えた。
右腕に刺すような感覚が走り、身体の中の
それでも彼女に伸ばす手を止めることができなかった。
「ルーファスでいい」
また名前で呼んでほしくて彼女にそういうと、彼女は躊躇いがちに「ルーファス様……」と小さな声で私の名前を呼んだ。
きっとこれは夢の世界なのかもしれない。
死んだ俺が最後に見ている都合のよい夢。
ならば……。
浄化の力なんていらない。
君は、ただのフィオナでいい。
だから……許されるなら夢の中の俺が死ぬその時まで、側にいてほしい。
ただその想いだけが、胸を焦がした。
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