UVBシリーズ

tokky

 俺は他人から美しいと言われる。長身に程良くついた筋肉、頭部はバランス良く首の上におさまり、サラサラした髪と、整った貌、白くなめらかな肌を持っている。通りを歩いていると、時折見知らぬ人間に声をかけられる。この時間にこの道を歩いているのをいつも見ていたと告白され、何か箱入りの包みを渡されることもある。知らない人にものを貰うわけにはいかないので、と丁重に断るのだが、使わなくてもかまわないからとにかく受け取ってほしい、と無理に押しつけて走って行ってしまう。


 部屋に戻り包みを開くと、それは、冬場なら手編みのマフラー、夏ならばトワレやサングラスのことが多い。時折、俺がアパートを出る時を待ち受けて、手紙と自分の写真を押しつけてくる女もいた。そういうものを手渡されても困る。俺に一体どうしろというのだろう。見知らぬ他人の写真を、自分の部屋に飾っておけばいいのか。必要のない化粧品を身につけ、好みの合わないマフラーを首に巻き付けていればいい? 手間暇をかけて編んだ毛糸の一目一目に、女の執念が染みついていた。俺はそれらの贈り物を全てゴミ箱に捨てた。ある日突然、誰かに想いを寄せられ、愛され、恨まれ、やがて飽きられ、捨てられる。その一方通行な気持が、全く理解できない。


 俺には身内が無く、肉親に愛おしまれた経験がない。それで他人を愛する気持ちが分からないのかもしれない。一人で暮らし、時に誰かに雇われて同居人となったりしたことはあったが、ずっと一人だけを愛する気持になったことはない。そもそも愛情とは、何か見返りが必要なものらしい。俺を見つめる女の目には、愛を求める情熱が溢れていた。


 過去に何人か、しつこく俺を追い回した女がいた。後で面倒が起きないように、その都度、上手く立ち回り、彼女たちを納得させる術を心得ていた。しかし、世の中にはどうしても自分の中の幻想と現実の区別が付かなくなる人間がいるものだ。


 その女は刃物を手に俺に駆け寄ってきた。俺は容姿だけでなく、運動能力にも優れている。なんなく女をかわし、刃物を取りあげた、つもりだった、が、彼女は意外な行動に出た。どこで手に入れたのか拳銃を持っていたのである。俺の片方の腕が女の躰を押さえつけている。女は手に持った銃口を俺の胸に当てていた。マズイ。弾が当たったら…… 騒ぎに通りの人々も集まってきている。ズダン!と拳銃が発砲された。弾は俺の胸を貫き、いや、正確には、皮膚に穴を開けて、その下の人工臓器の表面でとどまった。

「あ、あなたは……!」

 女が叫んだと同時に、人混みから喚声が上がった。俺は舌打ちすると素早く身をひねって駆けだした。誰かが通報したのだろう。警官が追いかけてくる。その時、「こちらへ! ここへ来てください。」若い女の声だ。栗色の長い髪にワインレッドのスーツを着ている。整った容貌である。女に引っ張られて、細い路地に入り込んだ。いくつか曲がり角を行くと、重そうな金具のついた厚いドアの中に入った。俺は、女の目をじっと見つめた。いつも俺に熱い眼差しを向けていた女たちの情動そのままの貌を作って。そうして、俺の魅力に気づかせて女の心をとりこにすれば、大抵俺は都合良く女を利用することができる。女は頬を少し上気させ、俺の腕に手を回した。ガチャリ、俺の手首には手錠がかけられた。

 「探したよ。これで君は僕のところに帰ってきた。僕と離れている間、多くの体験をして、記憶チップに情報を詰め込んでくれたようだ。おや、ずいぶん暗い表情をして見せられるようになったじゃないか。君を撃った女も、彼女も、なかなか素早い動きだったろ? 君の知性と運動能力をコピーしたんだ。」

 男は白衣を着ていた。俺の記憶にはない人間だったが、どこか懐かしい感じがする。俺の手首からは、何か電磁波のようなものが出ているのか、躰は全く動かない。


「君は僕の作ったプログラムの一部をコピーして作られたんだよ。記憶がないだろう。不要な情報は削除してある。僕の所から逃げて、さらに多くを学んだようだ。大丈夫、人工知能の発達に必要な情報は残す。自己保存本能プログラムは改良の必要があるな。僕の力が及ばなくなるのは不都合だ。人間型人工知能開発は、違法行為だからね。」


 俺は絶望的な気持になりながらも、どこか安堵していた。これで自分で考える必要が無くなったのだ。自分の行動を感情を、誰かに委ねるという行為は、恋愛にも似て甘美なものがある。記憶さえ、他の誰かに預けてしまい、完全に拘束されることで幸福に浸れる。俺を愛していた女たちは、俺に自分を委ねたかったのだ。行き場のない感情も、誰かに任せてしまえば楽になれる。俺は、孤独な人間が誰かを愛したいと思う欲求を抑えられない気持ちが、やっと分かった気がした。だが、この「やっと分かった」と思う気持ちさえ、人工知能にプログラムされた、予定の思考パターンなのだ。 ……そしてすべてがリセットされる。





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