第14話 ラクとオウナ
私は昔から、父に厳しく躾けられていた。
「
強く打ち付けられる肩。
市内なのに鉄の棒かと思うほど、打ち込まれた場所が痛んだ。
苦悶に歪む顔すら許さぬ父に、心が折れそうになる。
「この世界にダンジョンができて早数年。いつモンスターが地上に溢れるかもわからんのだ。自衛はできればできるほどいい!」
「はい、お父様」
「師範、ダンジョンギルドから至急応援の要請が」
「またか、親娘のスキンシップすら許してくれぬとは」
「今は戦力が足りぬ時期ですから。お嬢様も学園では大変優秀な成績を収められています。あまり厳しくされても」
「弱さが人を臆病にする。打ち勝つ強さを持っていれば、奈緒も失わずに済んだ」
「奥方様は芯の強いお方でした。決して弱かったなど……」
「私は自分が許せぬのだ。あの時妻の元にいてやれなかった自分が」
「師範……」
「では扇菜、私は少し出掛けてくる。翌週までには戻る。それまでにランクを上げておくように」
「はい」
父が同情から去るだけで、鬼気迫るような気配はさっぱりと消えた。
今はただ鬼が去った安堵感に身を休ませるばかりである。
「お嬢様、明日も学園でしょう? もうお休みになられては?」
「ええ、でももう一本。翌週までにはこの技を覚えておきたいの」
「すっかりと旦那様に似られて」
「そう? 私はお母様譲りとよく噂されるのよ?」
私にはこれが日常。
年相応の、学園生活など望んでも得られないものとなっていた。
あの人、安納樂くんに出会うまでは。
「先日の成績を発表する! トップは鬼柳だ」
全員からの視線と拍手が飛び交う。
取れて当たり前。
ここはダンジョンを攻略する若きエリートたちが集う学び場。
まだ『個性』を覚醒させて無い生徒たちだが、シミュレーションルームではもうモンスターと一対一になっても対処できる訓練が施されている。
私は鬼柳流剣術の使い手としてそれはもう注目されていた。
けど、それに追いつく人は、どこかの流派の生まれではない、何なら一般家庭のどこにでもいる少年だった。
「2位は安納。お前はどうやったらそんな成績が取れるんだ?」
「こう見えて、VRゲームは得意なんすよ?」
「いつまでもゲーム気分だと実際に潜った時に足を掬われるぞ?」
「いや、俺はめちゃ強な『個性』引くんで!」
誰もが夢見る『個性』
それは実際にダンジョンに赴き、ギルドで検査をして判明する。
武術を習えばそれに連なった『個性』が。
私の場合は『剣聖』『豪剣士』『剣姫』などが候補に上がっている。
けど彼は、高井分析力とヒットアンドアウェイな被弾をしない攻撃スタイル。一撃必殺の私に比べ、何とも頼りない攻撃手段。
でも油断できない。
だって彼はそのスタイルで私に追随してきているのだ。
「鬼柳はやっぱつえぇな! 全然追いつかねーわ」
「むしろそのスタイルで追従してる方がおかしいんだって」
「そーそー」
「まぁね? 俺天才だし」
お調子者。私が彼に抱く感想はそれに尽きた。
それでも彼は私の中では特別ではなかった。
特別になり得たのは、学園在学時に起こった異世界へのゲート発見報告が上がってから。
私は在学時にすでに探索者ライセンスを獲得していて、すぐに最難関ダンジョンに挑める資格を持っていた。
けど彼はハズレ『個性』を引いた。
そこから彼は友達を失い、みんなからの期待も失って失速するのだと思っていた。
だが蓋を開けてみれば彼は常に私の隣にいた。
「遅かったな、鬼柳。お先にS級に上がらせてもらったぜ」
「一体どんなトリックを使ったの?」
「何事も使い方さ。俺の個性は俺には最高の相棒なのさ。ただ少し、燃費は悪いけどな」
「そう」
「ああ」
会話は最小限に。
お互いに思っていることを尋ねる。
「渡るの? 異世界。まだ他の誰もが生きて帰ってきてない魔境に」
異世界へのゲートが見つかって2年。
多くの探索者が渡り、誰一人帰ってこない。
もしかしたらそれは一本通行なのかもしれない。
転送先にはここ以上のモンスターが跋扈していて、誰一人逃げ帰ることも許されない世界かもしれない。
そんな世界に赴くなんて、正直バカのすることだって、そう思っていた。
「もちろん。寝ても覚めてもそのことが頭から離れられないんでね。ずっとワクワクしてるんだ。お前もだろ、鬼柳」
「私はそう言うのは……ただ私がこの地位につくことで家が繁栄するのなら、私はそれに従うだけ」
それが私の生き方だ。
そう思って生きたいたし、これからもそうするつもりだった。
「お家のためだって? S級になったのにもったいねぇ! もっと自分の力を活かせる場所を考えたことはねぇのか?」
「でも、私は鬼柳の人間だから」
「そのしがらみを破ってこそだろうが。S級ってのは世の中の常識が通じねぇ奴のことを指すんだぜ? お前はその頂に至った。なのに心はいつまでも縛り付けられてる。それがもったいねぇって俺は思うんだよ」
「勝手なこと言わないで。私は鬼柳。私より強い相手をお婿さんにもらって、家を存続させていくのが使命なの」
「お前より強い? 世界中を見渡してそんな相手がどこにいる?」
「いるわ。例えばあなたとか」
「バカな冗談はよせ。俺が誰かに縛られた生活に入り込むと思うか? それに俺の個性はこいつだ」
指でコインを弾いた。
「お前の親父にバレたら叩き殺されちまう。尚更婿入りなんてできないだろ?」
「でも、いつか見つかるわ」
「そっか。お前の気持ちが硬いんなら俺は何も言わねぇよ。でもな、鬼柳。あんま我慢ばかりしてたら、体に悪い。たまには発散できること見つけた方がいいぜ?」
「そうね、記憶の片隅に残そておくわ」
「ああ、それでいい。じゃあ俺はいくな」
そう言って、安納くんはそのまま帰らぬ人になった。
私は当代最強の地位を欲しいままにした。
父は後継を望む。
だがあいにくと、私よりも強い男は現れなかった。
父は言う、強くなれと。
その願いは叶えられ、文句のない結果が残った。
だが、私は強くなり過ぎてしまった。
意固地になり過ぎていた。
嫁の貰い手がないまま数年。
ついに父は暴挙に出た。
「扇菜。もう剣の道はそれくらいでいいだろう。そろそろ腰を落ち着けて孫の顔でも見せてくれないか?」
「お父様。私は自分より弱い男と契りを結ぶつもりはないと言いました」
「扇菜! お父さんを困らせないでくれ。お前ももう若くない。歳をとれば取るだけ子供を授かることは難しくなる」
「ですがお父様は私に強くなることを望みました」
「それは……お前のためを思って」
「はい、おかげさまでこの通り最強になりました」
「本当に、自分より強いもの以外に嫁ぐつもりはないと言うのだな?」
「剣の道に行き、剣の道に死ぬ。それが鬼柳流剣術家の一生だと、お父様はそうおっしゃいました」
「嫌な個性を持ったものだ『剣鬼』などと……」
「あら、お父様は授かった当時喜んでくださったじゃないですか」
ゆらり。
お互いに抜き身の刀を持つ。
今やれば私の方が強い。
だからこそ、先に攻撃させた。
動きはシンプルだ。
だが私の死角の外での攻撃は頭部を強く打ち付けた。
前に踏み込んでダメージは減らしたが、それによって逃げ道を無くした私はお父様に課せがけに切られた。
視界が霞む。
「許せ、扇菜。もうこれしか方法はないのだ」
門下生が。私を慕って入門した門下生たちが男の顔で睨め付けてくる。
意識を失ったら乱暴される。
そんな予感が私の真相意識を覚醒させた。
組み付いた男たちがオーラを浴びて吹き飛んだ。
「扇菜!」
「お父様! 本日をもって私はこの道場を下門いたします!」
こんな乱暴な手に出られるとは思わなかった。
まさか門下生たちがあんな下心を持っていたなんて信じたくなかった。
もう、何もかもが嫌になった。
そんな時、異世界からの機関車の報告を耳にした。
そこに安納樂の名前はなかったけど、そこは女性優位の世界で、魔力的性の高い強い女が求められていると聞いて話に乗った。
迂闊なことだったかもしれない。
けど、異世界での暮らしは私が想像するよりもスリルで満たされていた。
どこか物足りなかった現代ダンジョン。
ここでなら、私は力を存分に振るえる。
騎士団への誘いを受けたのはその世界でA級まで上り詰めた時だった。
女ばかりのこの世界で、安納樂の姿を探したけど見つからない。
もしかしたら王都にいるのかもしれないと騎士団入りを快諾。
でも王都にも彼の姿は見つからなかった。
女が支配するこの世界で、強い男が就ける仕事はない。
せいぜいが生産系の個性持ちが重宝されるくらいだ。
「団長、奴らです」
「あれが、この国の混乱を招くと言われる一団か」
「何でもパワーゴリラ盗賊団と名乗っているようです」
「パワー……ゴリ?」
ゴリラがこの世界にもいたのか? と困惑するも。
教会に入信した私はそれが異教の神であることを推察する。
「パワー、狩猟と自由の女神か」
「我々の勝利と繁栄の女神ニーガマンデと対をなす存在ですが、人気は下火。信仰も途絶えて久しい
「それを信仰しているか。要望は?」
「弱い女にも仕事をよこせ、と」
「話にならんな」
「ええ。この社会で弱さとは罪。人は生まれてからこの世界に適応するために『個性』を与えられ『魔力』で己を磨く。それを怠る存在にも恵みを与えると言うのは、ニーガマンデの教えに背徳する行為です」
「ならば斬るまでか」
「団長のお力なら、すぐに終わるでしょう」
そして私は、因縁の相手と出会った。
「ウホッウホウホ!」
「ウホッホ」
「ウホー」
野生に帰って、言語を忘れたイカれ集団。
パワーゴリラ盗賊団と。
それを率いる存在に、強力に惹きつけられていた。
「あれは、男か?」
「猿回しのような個性を持っているのでしょう」
「芸のない」
「ですが、それに第二騎士団までもが敗北しております。このまま我らが負けたら王国騎士としての名折れ。いかにお優しい女王陛下であらせられても……」
「傷の一つや二つ、つけられるかもな」
「ウホ?」
こないのか? と挑発をかましてくる。
安い挑発に乗る私ではない。
「シャドウストライク」
私の影が、ボスゴリラの元まで伸びる。
それに合わせて私の腕と武器がやつに肉薄した。
「ウホ」
まるで寝ぼけているのか? とばかりの強烈な前蹴り。
私はくの字に腰をおり、そのまま後方へ吹き飛ばされる。
今一体何をされた?
まるで自分が何をされたかわからない。
本当に隙のない攻撃に、唖然とする。
この男、とんでもない腕前だ。
野生に帰ったイカれ集団と思って相手をしていては、それこそ手玉に取られてしまう。
異世界仕込みの魔法はダメだ。
ならば技術で。
「ほう……?」
共通言語…いや、これは日本語?
男の言葉にずっと探していた男の子の顔がチラついた。
違う、そんなはずはない。
彼はここで仕事が合わずに日本に帰った。
そう思うことで己を保ってきたのに。
「いいじゃん、それできなよ」
「戯言を!」
口調まで似せてくる。
こんなのはまやかしだ。
ここに彼がいるはずがない。
敵として、現れるはずがない。
だって、彼は、もう!
「お見事!」
決着は一瞬だった。
ボスゴリラはまるで自ら切られにきたような無防備さで、仲間のゴリラを庇うように大の字で私の剣戟を受けた。
致命傷だ。
大量の血が、その場に散った。
確かな手応えがあった。
顔色がどんどん悪くなっていく。
仲間の子ゴリラたちがウホウホ言いながらボスとの別れを惜しんでいる。
これでよかったのか?
このゴリラは王国に楯突いた罪で罰を受ける。
でも小さな子ゴリラたちは、王国の被害者だ。
彼はその子ゴリラたちの親代わりだったんじゃないのか?
自らしたことに疑問を覚えた。
騎士は、王国は、本当に正しいことをしたのか?
だが、決着はついた。
だから、これ以上罪なき存在が罰を受けなくてもいいように、声を張り上げる。
「盗賊団の首謀者は討ち取った! 勝鬨を上げろーーーーー」
「「「「わーーーーーーー!!」」」」
騒ぎに乗じてこゴリラたちは身を隠す。
こちらへただならぬ視線を浴びせているが、人を殺したのだ。
これは仕方のないこと。
ただゴリラの死体から一つのコインがこぼれ落ちた。
それは私のよく知る、彼がよく手元で転がしてるものだった。
いやだ。
違う。
こんなの信じない。
だって、あの人は。
もう日本に帰っているはずだから。
だから違う。
私は……そのコインを拾って、休暇を取った。
日本に遺品整理がてらやってきた。
彼のご両親に合わせる顔がない。
そのコインは、私の中でいつまでも彼の記憶を蘇らせる。
それが贖罪になるその日まで、私は一人の男を屠ったことを、胸に刻み続ける。
そして、現代社会に魔力の提供を促した。
この世界で生きているかもしれない彼に届くようなメッセージを添えて。
異世界は女性探索者を求めている。
そこで魔力に適合できればパラダイスが待ち受けていると。
そう語った。
政府やマスコミたちから多くの取材を受けて私は一役時の人となった。
それから10年。
私は再び彼と出会う。
「俺だよ、鬼柳さん。安納樂。元気してた?」
「ええ(よかった、生きててくれて。私はてっきり、自分の手で殺してしまったんじゃないかって、ずっと思ってて……)」
今までの無気力な時間が晴れやかになっていくのを感じた。
もう離さない。
彼は私が守ってあげるんだ。
でもそこにいる小さい子は誰かしら?
「ウホ」
これは、あの時の残党の?
今ではすっかり落ちぶれて、強盗、誘拐、殺人、麻薬の密売、犯罪者でクズのろくでなしになってるあの集団。
そんなのと関わり合いになったらダメになってしまう。
私は彼を詰問する。
彼は自白した。
この世界にきてまもなく例の盗賊団に襲撃されたと。
そこで出会って連れてきてしまったのだという。
そう言うところもあるよね。
彼は、女の子に優しい人なのだ。
もしあの時、私のお婿さんになってくれたら。
こんな気持ちを抱えて生きなくてもよかったのかな?
そんなことを考えながら一緒に生活することになった。
そこでコインの利便性を知る。
すごい。
コインてそんなことまでできちゃうんだ?
「と、言ってもそこまで万能じゃないんだよな。俺は便利だと思ってるが」
他人にその利便性の恩恵には与れない。
だから現代社会もこっちでも仕事にあるつけなかったのだそうだ。
それは悪いことをしたと思った。
食材のつもりが、むしろ彼の働き先を奪ってしまったことを詫びてしまいたい。
けど、彼にここで嫌われてしまうのはもっと嫌だ。
この事実は墓場まで持ち込むことにした。
そんな乙女の秘密を抱えて悶々している夜のこと。
一緒に川の字で寝ていたリラが、そそくさと寝床を抜け出してどこかにいくではないか。
私は気になって見にいくと、なんと自らを慰めていた。
なんとも幼気な、肢体をくねらせて。
まだ小さいと言っても、この世界の女。
特に女が多いこの世界では、そう言うのを我慢しない傾向にある。
騎士団の宿舎もそう言う匂いが充満していた。
私は我慢できたが、他の女騎士はそういうのに旺盛だった。
リラは一通りスッキリすると樂くんの布団に潜り込んだ。
気のせいか、随分と体を密着させている気がする。
彼は何も言わないのだろうか?
明らかに誘っているのに。
翌朝、そんな話を振ってみれば。
「え? 子供のやってることだろう? それぐらい許してやれよ」
「でもリラちゃんはもう立派な女で……」
「何を言ってるのかさっぱりわからんな。あんまり変な疑いをかけてやるなよ? 男の近くに居れるのが嬉しいんだろ…ずっと女除隊の生活をしていたからな」
知らんけど、と無責任な発言。
そして彼女は今日も私に見せつけるようにくっつくのだ。
それは恋人の距離ではないか?
私はその日、悶々とした日々を送る。
ついにその我慢は決壊して。
私は我慢できる女から、ちょっとだけ我慢できない女になっていた。
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