コインコレクターは平穏に暮らしたい〜貞操逆転勘違いハーレム列伝〜

双葉鳴

一章

第1話 ラク・アンノウという男

「次の方、前へ」


「失礼します」


 美しい声に緊張しながらも、俺はトランクケースを前に、ソファへ座った。

 目の前には絵本から飛び出したようなお姫様。

 この都市を運営する領主様だ。

 

「何でも珍しい品を持ってきてくれたと伺っております」


「はい。故郷ではその真の価値をいまだに理解できないもので溢れておりますが、ですがアルテイシア様なら『真贋』をお持ちと聞きます」


「前置きは結構。先に品を見せてくださいまし」


「失礼いたしました。こちらです」


 俺はトランクケースを開ける。

 中にはいろとりどりな色合いのコインと、中央には美しい紋様レリーフが描かれている。


 異世人は生まれた時から『個性』を二つ持っている。

 15歳でダンジョンに入った時一つ授かれる現代人の上位互換とはよく言ったものだ。


 特に目の前の美少女は『真贋』持ち。

 つまりはこのコインの真の性能を引き出せるのではないか? と踏んでいた。

 俺の個性『コイン』は使い勝手が非常に難しい。

 戦闘では他の個性に負け、生活面でも一文の足しにもならない。

 今年で30になるというのに、未だにまともな職にありつけないのは、この厄介な『個性』に振り回されての結果だった。


 だが異世界では物珍しい『アイテム』を買い取るお貴族様というのが現れたと小耳に挟み。

 再び異世界に舞い戻ってきたのがこの俺というわけだ。


「失礼、こちらの品はどちらで入手されたものでしょうか」


「俺が手ずから現地に赴いて採取してきました」


「生産者は貴方様でよろしいので?」


「はい。ラク・アンノウと申します」


 異世界言語でも表記されてる名刺を取り出し、前へ。


「ラク様ですか。大変素晴らしい品です。このトランクケース一つを金貨30枚で引き取りたいと思います」


「本当ですか!?」


 故郷では何の価値もつかなくて嘆いていたものが、こっちじゃ金貨30枚にもなるなんて!

 俺の時代がやってきたか!?

 なんて思っている時だった。


「ですがこの品を他の貴族や商人に持っていくのは禁止させていただきたいのです」


「口止め料も含むと?」


「そう受け取ってくださっても結構ですわ」


 なるほど。

 稼げる男はいくらでも欲しいというわけか。

 この世界では逆ハーレムが盛んだと聞く。


 女が生まれつき強いせいで、男が生まれにくいのだ。

 異世界に渡る腕前の男でも、こっちじゃどんぐりの背比べ。


 この世界で生き残るには、生活面を支えられる『個性』持ちがもてはやされている。

 戦闘面は女に任せろという風潮だ。


「テッサ、ラク様を私の工房へ」


「よろしいのですか?」


 工房?

 何のことだ?

 客間で紅茶を嗜んでから一息ついて工房とやらへと足を踏み入れる。

 そこには貴族のお嬢様には似つかわしくない鉄火場があった。


 周囲には無骨な作りの剣が放置されている。


「どうでしょうか、異世界の方にはそうとう奇異に見えると言われております」


「笑いませんよ」


「よかったです」


 この世界、女は武力を振りかざす。

 生産に傾倒するのは女の名折れまで言われるほどだ。

 つまりアルテイシアお嬢様のもう一つの個性は。


「はい、わたくしの個性は『鍛治』となっております。女の癖に生産を手がけるだなんてはしたないとは思いますが」


「いえ、だからこそ、俺のコインに注目してくださった。俺でよければ力になりましょう」


「ラク様ならそう言ってくれると思っておりました」


 なぜ初対面でそこまでの信頼を抱いてくれるのだろうか?

 

「実はこの試験、最初からラク様に決定するつもりで準備を進めてまいりましたのよ?」


 なるほど、そういうことか。

 アルテイシア様が目配せするのは次女のテスタロッサ。


 彼女が『星読み』の個性を持っているのだろう。

 俺こそが、彼女の悩みを打ち消す鍵だと。


「それは喜ばしい限りです。だから先ほど他の場所への商売を止めるようにと?」


「真贋持ちはわたくし以外にもおりますから」


 そこでコインの能力が露呈して、自分以外のものになるのが嫌だったということか。


「ここで、俺のコインの力を引き出してくれると、そう思っておいていいでしょうか?」


「話が早くて助かります。このコインは、ずっとわたくしが欲しかった最後のピースなのですわ」


 俺は口の軽くなったお嬢様の言葉を黙って聞いている。


「実はこのコインは、魔物の全てが詰まっている金属なのです。例えばこのレリーフが描かれているのは北の山脈に根ざすレッドドラゴンの力が宿っています」


「よく分かりましたね」


「真贋持ちにはお見通しですよ」


 ウィンクをしながら言う。

 この人かわいいな。中身がとても蛮族とは思えないぞ。


 レッドドラゴンは強敵だった。

 まじで俺の装備幾つも燃やしたの許さないからな。


 あの時は俺もまだ若く、青かった。

 仲間にも大きな犠牲を出したが、何とかコインに封じ込めることができたのを思い出して涙ぐむ。


 他人にとってはただのコインでも、俺にとってはさまざまな思い出が宿っているのだ。

 そんなコインをなぜ売ることに至ったか?


 そんなの俺が死んだらこのコインの価値を知る奴が1人もいなくなるからだ。思い出は美しいけど、背に腹は変えられない。

 そしてお嬢様はこの無価値のコインに意味を与えてくださるというのだ。


 俺はお金がガッポガッポ。

 お嬢様は趣味の家事で大儲け。

 Win-Winの結果ということだ。


「このコインを溶かして、装飾の一部にしてもよろしいでしょうか?」


「お買い上げいただいた以上、取り扱いにとやかくは言いませんよ」


「良かったです。思い出の品というところまで見えていたものですから」


「思い出は今も胸の中に。むしろ価値を見出してくれて、その子も喜んでおります」


「そうですか、では」


 金属がいとも容易く溶かされる。

 金色の液体が硬枠に流し込まれ、見事な形状に鋳造されていく。

 それが無骨な剣に施されたら、そこそこ見栄えが良くなった気がしないでもない。


「できました」


 上半身裸で鍛治をし始めた時には度肝を抜かされたが、ちゃんと晒しは撒いてたので良し!

 むしろこっちじゃ女が男の責務を全うしているのだ。

 男は着込み、女は裸一貫で雑魚寝するのが平気な世界。

 

 現代人は異世界人を猿かゴリラによく喩える。

 見た目は美少女なので尚更脳みそがバグるんだよなぁ。


「お嬢様、性能のほどは」


「恐ろしい出来よ。この剣は炎の魔力を宿していて、さらにはドラゴンのブレスを防ぎます」


「なんと! 一流の女剣士がこぞってオファーに参りますよ?」


「今度の肉の宴に持っていく見舞い品ができて助かりました」


 肉の宴は、現代社会でいうところの飲み会。

 またはパーティに該当する名称だ。

 こっちの世界の女が蛮族呼びされる所以がそこに詰まっている。


 女は狩ってきた獲物で自慢の肉料理を振る舞う。

 貴族子女ともなれば、それが大型であればあるほど称号になるのだとか何とか。

 そんな生態だからこそ、女は生活力が皆無が常識。


 そういう意味で、狩に赴かない女は貧弱と罵られるのだそうだ。

 だがそこに、レッドドラゴンを討伐しない限り入手できない素材を用いた武器を持っていけば……「こいつ、あのレッドドラゴンを倒したのか!?」となる。


 この世界の女は単純だから深く疑わない。

 そういう仕事はこっちの世界の男の仕事だ。


 女しかいない肉の宴パーティで、武力を差し出されたら黙って従うのが筋だ。


「尚更俺のコインは他所には持っていけないか」


「何なら、わたくしのものになっていく契約も交わして差し上げましょうか?」


 それはこの世界に男にとっては最も尊ばれる契約だ。

 だが、俺は自由を尊ぶ。

 束縛されて生きるつもりはない。


「男娼に興味はないね」


「この女社会に男1人で放浪なさるというのですか?」


「レッドドラゴンを倒した実績は今し方証明されたからな」


「疲れたら、いつでも帰ってきてくださいね?」


「助かる。またコインが集まったら顔を出していいか?」


「いつでも。ただしうちの家から護衛は出させていただきますわ」


 護衛?

 そう考えていると、すらっとした剣士姿の女が側に来た。

 見た顔だ。

 さっきまで一緒にいたのだから心当たりはあって当たり前だった。


「テッサ、よろしく頼むわね」


「はい、お嬢様」


「あんたかよ。アルテイシア様お1人で家の警護は平気なのか?」


「ラク様はご存知ないのですね、代々シュテールン伯爵家は武家の生まれ。手元にレッドドラゴンの剣がおありになる今、無敵。シュテールン流剣闘術は王国に栄える流派の中でも最強と名高いのです」


「でも肉の宴じゃお嬢様の評価はあまり振るわなかったんだろ?」


「その評価は生まれ持った『個性』によるものでしたわ。ですがドラゴンソードを持った今」


「武力はトントンってことか」


「そういうことになります」


 自信満々に言われる。


「それに、私はラク様の腕前に疑問を持っております」


「あんた、俺のステータスを覗いたのか?」


「私の個性は『星読み』の他に『生命看破』がありますから」


「強いな」


 生命看破。

 要は相手がどこに潜んでいるかまで重通しなのだ。

 俺のステータスまでその力強いブルーアイに刻まれていると。


「改めて、俺はラク・アンノウ。個性は『コイン』だ」


「テスタロッサでございます」


 こうして俺は一人のお着きと共に異世界を練り歩く。

 新たなビジネスに乗り出すため、手頃なモンスターをコインに変えていく旅を始めるのだった。


 現代社会に未練はない。

 やりたくもないアルバイト生活。

 最低賃金な上に生活水準は下がりっぱなし。


 雑な値上げの影響で、異世界にビジネスを求めるまでに困窮していた。

 両親とも縁を切られ、天涯孤独の身。

 あとはどうとでもなれの精神でここにいる。


 そういう意味では異世界はセカンドライフにはもってこいだった。

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