ホラ吹きホラー劇場

渡貫とゐち

モナリザ摩訶不思議


 美術館に飾られている有名な絵画――モナリザ。


 じっと、こちらを見つめている女性の絵だ。もちろん本物ではなく、贋作だろうが、みなが知るモナリザの絵であり、アレンジはされていない。


 時代が進むにつれて進歩する技術で絵を整えたという形跡もなく、今の大人が子供の頃に教科書で見たモナリザそのものだろう。


 贋作、と言ったが、たとえ目の前のモナリザが本物だと言われたところで、絵画に詳しくない者からすれば信じてしまいそうだ。


 男女のカップルがデート場所に選んだのは美術館だ。


 目的地としていたわけではなく、雑談をしながらの通り道、たまたま目に入った美術館があったから「入ってみる?」「みよっか」と、軽いノリで入館したのだ。


 美術館には似合わない……というのは言い過ぎだが、絵画には詳しくなさそうなふたりだった。




「昔からさ、なんでだろうと思ってたんだよな……なんでどの位置から見ても目が合うんだろう?」


「思い込みじゃないの? それとも実はトリックアートだったり」


 他にも絵画が飾られていたが、特にモナリザが中心となっている。他と比べてもモナリザだけがひと回り大きなサイズだった。


 カップルはモナリザの絵の前でうろうろし、どの位置からでも目が合うことを再確認していた。……実は目が合うわけではない、というのは研究結果として出ているらしいが……当人がどう感じるかだ。感じたことが今の正解となる。


 他に客はおらず、カップルだけがモナリザの前で雑談をしている。大きめの声で会話をしていても周りに人がいないので不快感を示す客もいない。


「昔はこういう人が美人って言われてたのかな?」

「? なんで?」


「だって、美人だから描いたんじゃないのか? 醜い……って言うと酷い言い方だけど、絵のモデルにするならやっぱり綺麗な人を選ぶものじゃん。ずっと見るならブスよりも美人が良いに決まってるし」


「画家によるでしょ。ブスを表現したかったらブスを選ぶってことでしょ?」


「え。じゃあブスだから絵のモデルになってくれる? って誘うのか? すげえ度胸だな昔の人……」


「バカ。ストレートに伝えるわけないでしょ。濁すに決まってるし」


 濁されて誘われた側はなんとなく察していそうだけど。


「モナリザは、やっぱり美人だから描きたいって画家がいたんじゃないか? そりゃ昔の人と今の俺たちとじゃ価値観が違うけど、モナリザを見てブスとは思わないし、」


「へえ」


「いや、違っ。絵の中の人で言えば美人な方ってだけ! 可愛いのはもちろん大好きな彼女だけだから!!」


「デート中に別の女の話題を出すなんて……だいげんてーんっっ!」

「絵なのに!?」


 絵、とは言え、嫌なものは嫌なのだ。


 他に客はいないが、それにしたってふたりの会話は館内に響いている。別フロアにいるスタッフにも聞こえていそうな声だ。


 だが、ふたりに悪意はない……だとしてもこれ以上に騒がしくなればスタッフも注意をしなければいけないが。


『モナリザ』、『美人』というワードが響き渡っていた。


 すると、彼女が絵の異変に気づく。


「……え?」

「ん、どした?」


「あの、絵が……モナリザが、さ……」


 ふと、モナリザを見れば…………


 モナリザの頬が、少しだけ、ほんの少しだけ――――赤くなっていた。


「…………」


 男は、ふうむ、と考え、隣の彼女に向き直り、


「まかちゃん、とっても可愛いよ」


「へっ? な、なによもう……そんなこと言われたらまたときめいちゃうじゃん……っ!」


 彼女は頬をほんのりと紅潮させていた。


 なるほど、と男が理解する。同じ現象が、モナリザに起こっている。


「まさかだけど……褒めたから照れてるの?」


 よく見れば、ちょっとだけ、伏し目にも見える。どこに立っても目が合うように――今度はさっきまでとは真逆で、どの位置から見てもモナリザとは目が合わない。


 照れて、目を逸らしているらしい。


「可愛い」

「めちゃくちゃかわいいよー」


 と、システムを理解したカップルがふざけてモナリザを褒めまくる。


 すると、モナリザの口がもにょもにょと、波線になっているように見え――――、


 最終的に、モナリザは背を向けてしまった。



『えっ!?!?』



 絵が、気づけば正面から背中しか見えない構図に変わってしまっている。

 彼女の背中は思った通りのたくましさだった。今の時代の美人とはやっぱり違う……。


 今は、華奢な方が可愛いとされるから――――


「これ、スタッフさんに報告した方がいいのかな……?」


「でも、伝えて、どうするんだ……? というかこれって俺たちのせい……?」


 モナリザが背中を向けた原因を作ったことにはなるが……、これで絵の買い取りを要求されたら――いや、でも払う価値はありそうだ。


 分かる人に売れば損よりも得で回収することができそうな気もする……。


 背を向けたモナリザなんて聞いたことがないし。


 さっきまで正面を向いていたのだから、すぐに元に戻る可能性だって……あ。


「あ」

「え」


 …………ちら、ちら、と、こっちを覗いているモナリザだった。

 まばたきをすれば、また背中と首筋しか見えなかった。


「ごめんっ、モナリザさん! もう言わないから戻ってくれ!」


 男が言うと、はぁ、と溜息を吐くように肩で頷いたモナリザが振り向いた。


 いつも通りに正面を向く。

 どこを立っても目が合う。……許してくれたらしい。そもそも怒っていたのか……?


「悪ふざけじゃないんだ……あれは本音だよ。……でも、嫌ならもう言わないから」


「…………」


 モナリザはなにも言わない。話しかけられてもそれはそれで困るけど……。



 その後、モナリザが置いてあるフロアから移動しても、美術館から出ても、背中に突き刺さるような視線を感じる。


 どこに立っても目が合うように、どこにいても視線を感じる――――


 モナリザが、まだ見てる……?


「う、厄介な女に目を付けられたかもなあ……」


「この浮気者め。自業自得なんだからがまんしなさいよ」


 迂闊に彼女以外の女に「かわいい」と言うことは避けよう、と、痛みを伴って理解した男だった。




 ・・・おわり

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