完璧美少女戦士☆おっさんライダーVツイン

五平

第1話:転生したら完璧美少女、ただしロスタイムは怪人退治

意識が再起動したとき、私の魂は、完璧な美少女の身体を与えられていた。


まぶたを開けた瞬間、天井の蛍光灯の眩しさに眉をひそめた――いや、これは美少女眉か? あのときも、定年退職後の年金計算アプリを眺めながら死んだんだったよな……。与えられた使命は、変身ベルトを装着して怪人と戦うこと。理由は、この身体と魂の適合率を保つための「定期的な全力稼働」——要するに、健康維持だという。


「はぁ……よっこいしょ」


放課後。静まり返った旧校舎の屋上。その息遣いには、疲労と、中年サラリーマンの魂が持つ「面倒くさい」という感情が色濃く滲む。


美琴は、思わず伸びをするついでに、腰を叩き、肩を回すという、完全に中年男性がやる仕草をしてしまった。その場で膝の裏をトントンと叩きながら、無意識に「足裏の疲れ」を意識していた。春風に乗って香るのは……青春の香り、ではなく、咲き始めの杉花粉だ。鼻がムズい。


この完璧な外見に、50歳手前で病死したおっさんの魂がポンと入っている。この不条理を、誰が想像するだろうか。


――やばい。早く健康維持しねぇと。


スマホの画面に映る、ごく普通の天気予報。だが、私の脳裏には、警報と共にこう見える。


『本日、放課後ロスタイムに怪人出現予定。健康維持には絶好の機会です。』


チッ、よりによって今日は、生徒会から預かった会議室の鍵を返却しなければならない日だ。面倒くせぇなぁ。心の中で毒づきながら、美琴は屋上から重い足取りで降り始めた。その時、脳内の研究員ボイスが響いた。


「なお、本契約は途中解約できませんのでご了承ください」


チクショウ、まるでサブスクリプションだ。戦闘義務という地雷を埋め込みやがって。


一階に降りると、購買部から、微かな揚げ物の匂いが漂っていた。昼休みを逃した生徒たちが、わずかに残されたパンを求めて列をなしている。


――あれは……「幻のカレーパン」か。


美琴の瞳がキラリと光る。

美琴の脳裏には、過去の職場での記憶がフラッシュバックする。あのときも、上司に叱られた午後、誰にも気づかれずに自販機前でカレーパンをかじったんだ……あの侘しい記憶と、揚げたての香りが鼻腔をくすぐった瞬間、タイムカードを押した夕暮れの光景が過剰にフラッシュバックした。


「クリームパンか……いや、甘いものは健康診断前にやめておこう」


美琴は、甘い誘惑を振り切り、カレーパンに狙いを定める。美少女として列に並ぶ恥ずかしさよりも、温かいカレーパンをゲットする喜びが勝る。


「すいません、ちょっと通してくれ」


美琴は完璧な美少女スマイルで、列の隙間をすり抜けようとする。


「…っしゃあ!」


ようやく一つだけ残っていたカレーパンを掴み取った。揚げたてのパンから香るカレーの匂いが、心に小さな安堵をもたらす。


その廊下で、クラスの王子様・七瀬悠が、爽やかな笑顔で声をかけてきた。


「美琴さん、今日よかったら、一緒に勉強でもどうかな?」


美琴の思考が暴走する。「どう切り返す? 『今日はアポが入ってて』? いや、『急ぎの納品が』? ちげぇ、ここは学園だ!」


「いやー、すまん、ちょっと用事があってな。また今度にしてくれよ」


完璧な美少女スマイルで断る美琴。内心の私は「いや俺おっさんだし、お前に勉強教えてやれることなんてもうねぇよ」と呟く。七瀬は「残念ですけど、待ってます」と優しく微笑んで去る。


爽やかさに当てられて、俺の中の胃もたれが発動した。


生徒会室のドアを開けると、そこにいたのは、隣の席でノートを広げていた友人、明石ひなただった。彼女の顔は、テレビで見たばかりの出来事に興奮しているようだった。


「みーちゃん! テレビ見た!? またあの正義の美少女ヒロインが怪人を倒したんだって! 今回の敵もすっごく強そうだったのに、本当にカッコいいよねー!」


ひなたの言葉を聞き流しながら、美琴は会議室の鍵を教師に手渡す。教師から「助かりますよ、白羽さん」と言われると、美琴は反射的に「いえいえ、これも業務ですから」と、サラリーマン時代の口調で返してしまい、慌てて口を噤んだ。


放課後ロスタイム。誰もいない裏通り。アスファルトには、今日の熱気がまだ残っている。


美琴は腰にベルトを装着し、愛車ハーレーに跨る。


「変身!」


俺がベルトを起動すると、ハーレーも同調して派手な音を立てる。起動音はやたらと派手なのに、振動はやけに静か……あの、アイドリング調整ちゃんとしてます?という疑問が頭をよぎる。そして、「ていうか、出勤打刻どこでしてんだ俺? サブリミナルでログ残ってるのか?」という、仕事としての矛盾を暴走気味にツッコむ。


その不安を振り払い、眼前の怪人へと視線を向ける。


「クソッ、俺は今日中にこの係長に提出する週報を仕上げるんだ! お前は邪魔をするな! 俺は正社員の座をかけてここにいる! 負けられるか!」


「いや、俺だって月次健康診断が迫ってんだよ! この運動ノルマこなさねぇと、数値がヤバいんだ!」


完璧美少女戦士と、社畜怪人の不毛な戦いが、今日も始まる。


これは、美少女ヒロインの皮を被った中年サラリーマンが、健康維持のために今日も残業怪人と戦い続けるという、不条理な物語である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る