ボーちゃん

大元勇人

一章「母の視線」



今日は姉の入学式だ。シミひとつなく、ホコリもついていないワンピーススーツをまとった母は、とてもよく似合っていた。母の短いショートヘアは週に一度整えられ、耳が隠れる程度の長さを保っている。乱れのない艶やかな髪だった。顔立ちははっきりとしており、目は大きく、ツンと上向いた高い鼻を持っている。不機嫌そうな表情になると、目つきが鋭くなり、口角が下がり、特に眉間のシワが際立った。



六歳の私は、自分の発する一言一言に対して、まるで拳銃で標的を狙うかのように相手の表情を読み取ることに敏感だった。しかし、人前で自分を主張することには、強い嫌悪感を抱いていた。母の言うことは、絶対に聞かなければならない。



私は玄関へと続く長いカーペット敷きの廊下を、早足で進んだ。見知らぬ森の中でひとり取り残されたような、不安感がある。雨が降り、風が吹いても、必死で母を探し続けるような感じだ。



時々、頭がぼーっとして一点を見つめてしまうことがある。この状態を「ボーちゃん」と呼んでいる。幼児教室で積み木をしているときも、顔が緩み、口が開き、視界がぼやけ、全身の力が抜けてしまう。魂が体を離れる感覚とは少し違うが、身体がぼんやりと乖離しているような感じだ。この話を家族や先生に伝えても、理解してくれる人は少ないだろう。私にとって気を許せる相手は、蚊帳の外から見た自分だけなのかもしれない。



「急ぎなさい、ちおり!」


 


母が苛立たしげに声を張り上げた。廊下の先には、片手にゴミ袋を持ち、足をクロスさせてモデルポーズをとる母が立っていた。玄関に響き渡る足音は、ドラムのようにリズムよくタンタンタンと鳴る。母は足を組み替えてはまたクロスさせ、その様子をじっと観察した。



玄関までの道のりは短く感じた。近づくにつれて、芳香剤と母の香水の匂いが混ざり合い、間接照明も相まって、息苦しい違和感に包まれる。母は私を鋭い目で見つめていた。その目は冷たく、鋭い。母の期待と、それに応えようとする私との摩擦が、トゲのように硬く、触れるとザラザラして痛く、傷がつく。



おそらく無意識のうちに、母に応えたい自分がいる。


従うことで、見捨てられずに生きていける。


一種の「呪い」なのかもしれない。



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