第17話 英雄の旅立ち ―新たなる舞台へ

 邪竜討伐から数日が過ぎた。

 王都はまだ祝祭の熱気に包まれていた。

 広場では吟遊詩人が「英雄ルークの歌」を奏で、子どもたちは木の剣を振りながら「ルークごっこ」を楽しんでいる。

 市場では英雄の名を冠した酒や菓子が売られ、人々の笑顔が街を満たしていた。


 ――だが、その喧騒の中心にいる当人は、城門の外で静かに風を受けていた。


 「……騒がしすぎるな」

 ルークはため息をつき、視線を遠くへ向けた。

 青空の彼方に広がる山脈。その向こうに、まだ知らぬ大地がある。


 「英雄様!」

 背後から声が飛んだ。

 振り返ると、鎧に身を包んだイリーナと、巫女服に身を整えたリリィが立っていた。

 彼女たちの表情はどこか不安げだった。


 「また……出ていくつもりなんですか?」とリリィ。

 ルークは苦笑し、肩をすくめる。

 「ここでじっとしてろって言われても無理だな。俺は荷物持ちとして追放されたあの日から、もう止まることを知らないんだ」


 イリーナが腕を組み、真剣な眼差しを向ける。

 「ならば、私もついていきます。あなたの背を守ると誓ったのだから」

 リリィも力強く頷いた。

 「神の声が聞こえます。まだ終わりではない……と」


 ルークは目を細め、二人の顔を見つめた。

 「お前たち……本当に物好きだな」

 「そういうあなたに付き合うしかないでしょう」とイリーナは笑い、リリィは「英雄様だから」と照れくさそうに答えた。


 * * *


 その夜。

 王城の宴に呼ばれたルークは、国王から改めて褒賞を告げられた。

 「ルーク殿。領地も爵位も受けぬと申したが、せめて“国の守護者”の称号を授けたい」


 広間は喝采に包まれる。

 だがルークはしばし黙し、やがて静かに答えた。

 「称号はいらない。俺は自由に歩きたい。必要とされれば、どこででも力を貸す。それが俺の選んだ生き方だ」


 群臣は驚いたが、王は深く頷いた。

 「……それもまた英雄の道であろう。ならば国はただ、卿の背を見送るのみだ」


 酒杯が掲げられ、人々は英雄を讃えた。

 だがその中で、旧勇者パーティは片隅に追いやられ、誰からも声をかけられなかった。

 「……俺たちが勇者だったはずなのに」

 エドガーの呟きは、誰の耳にも届かなかった。


 * * *


 数日後。

 城門の前で、ルークは旅装を整えていた。

 革の鞄の中には、保存庫と繋がる小さな宝石が輝いている。

 いつでも、あの虚空に眠る秘宝を呼び出せる証だ。


 イリーナが大剣を背に負い、リリィが聖印を胸に下げて立っていた。

 「行こう。俺たちの旅はまだ終わっちゃいない」


 「次はどこへ?」とイリーナ。

 ルークは空を見上げた。

 「西の大陸に“神の遺跡”が眠っていると聞いた。保存庫が反応している……何かが呼んでいるんだ」


 リリィが目を見開いた。

 「新たな秘宝……?」

 ルークは頷いた。

 「たぶんな。世界は広い。邪竜を倒したくらいで、終わるはずがない」


 城門の見送りには多くの人々が集まっていた。

 「英雄様、どうかご無事で!」「また戻ってきてください!」

 子どもたちが花束を差し出し、兵士たちが敬礼を送る。


 ルークは小さく手を上げ、笑みを浮かべた。

 「必ず帰るさ。その時は、また土産話を持ってな」


 歓声が広がり、三人は城門をくぐった。

 青い空と広がる大地が、彼らを迎えていた。


 * * *


 その背を見送る群衆の中で、かつての勇者パーティは沈黙していた。

 エドガーは拳を握りしめ、悔しさに震えていた。

 だが、もはや誰も彼らに目を向ける者はいない。

 英雄の物語の中に、彼らの名は刻まれないのだ。


 * * *


 夕日が西の空を赤く染める。

 ルークは歩きながら、ふと呟いた。

 「……追放された無能が、英雄になった。けど、俺の物語はまだ続く」


 イリーナが隣で笑った。

 「ええ。次はどんな敵を斬るのかしらね」

 リリィは祈りの声を重ねた。

 「神よ……どうか、この旅路を見守って」


 三人の影は、夕陽の中で長く伸びていった。


 英雄譚は終わらない。

 保存庫に眠る未知の秘宝と、まだ見ぬ冒険が待っている。

 ルークの旅は――ここから新たに始まるのだった。

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