第5話 王都を揺るがす噂
竜を斬った翌週、デルン村はまるで別の場所のように活気づいていた。
畑を荒らされることもなく、子どもたちが森で遊び、商人までもが安心して訪れるようになったのだ。
「竜がいなくなったってだけで、これほど人は変わるんだな……」
ルークは麦畑の中で汗をぬぐいながら呟いた。
保存庫から取り出した神代の鎌を振るうと、稲のように麦が一瞬で刈り取られていく。
村人たちは驚嘆の声を上げ、彼を“冒険者”であり“農夫”としても頼るようになっていた。
「ルーク殿! おかげで収穫が倍以上になりました!」
「いや、俺は……ちょっと道具を使っただけで」
「それがすごいんですよ!」
村人の笑顔に囲まれる。
かつて勇者パーティで浴びたのは罵倒や失望の目ばかりだった。
その記憶を思い出すたびに、胸の奥で「ざまぁ」という言葉が自然に浮かぶ。
だが、そんな小さな村での出来事は、やがて国全体を揺るがす噂となって広がっていった。
* * *
王都――。
華やかな街並みを行き交う商人たちの間で、ある話題が持ちきりになっていた。
「聞いたか? 辺境の村で、森竜を一人で斬り倒した冒険者がいるそうだ」
「一人で? そんな馬鹿な……だが、村人が口を揃えて証言しているらしい」
「名前は……確か、ルークとかいう青年だ」
その名を聞いた瞬間、ある一団の顔が引きつった。
酒場の片隅にいた勇者パーティ――エドガーたちだ。
「……ルーク、だと?」
エドガーの手から酒杯が落ち、鈍い音を立てて割れた。
仲間たちが顔を見合わせる。
魔法使いのセリナが声を震わせた。
「ま、まさか……あの荷物持ちのこと?」
僧侶が怯えたように呟く。
「でも、竜を一人で……そんなの……」
否定しようとするが、噂は日に日に具体性を増していた。
「雷を纏った剣で竜を斬った」「戦利品を一瞬で消し去った」「保存庫の奥に神代の秘宝が眠っている」――。
その情報を耳にした瞬間、エドガーの顔から血の気が引いた。
「保存庫……? そんな馬鹿な……ただの荷物スキルのはずだ!」
しかし心の奥では分かっていた。
あの日、追放を言い渡したとき、ルークが最後に見せたあの奇妙な眼差し――。
あれは、何かを知っていた者の目だったのかもしれない。
セリナが唇を噛んで言った。
「……もし本当に、神代の秘宝を扱えるなら。あいつを追放したのは……」
「俺たち最大の失策……だと?」
エドガーは拳を握り締め、震える声で吐き捨てた。
* * *
その頃。デルン村の広場では、一人の旅人がルークを訪ねてきていた。
鮮やかな紅のマントを羽織り、腰には華奢な剣を下げた女性。
彼女は真っ直ぐにルークを見据え、膝をついて言った。
「あなたが、森竜を討ち倒した冒険者ルーク殿ですか」
「……そうだが」
「私は王国騎士団の副団長、イリーナ。ぜひあなたに協力を願いたい」
突然の申し出に、村人たちがざわめく。
ルークは眉をひそめた。
「協力、だと?」
イリーナは真剣な表情で続けた。
「王都では、邪竜復活の兆しが確認されています。古代の秘宝なくして対抗は不可能。あなたの力が必要なのです」
ルークの胸に熱が走った。
保存庫の奥に眠る光――まだ手にしていない無数の秘宝。
それらを使えば、世界をも救えるかもしれない。
「俺は……追放された身だ。王都に戻れば、また嘲笑われるだけだろう」
「いいえ、違います。あなたは今や、王国中の希望です」
イリーナの瞳は揺るぎなかった。
ルークは短く息を吐き、やがて剣を見下ろした。
「……分かった。なら行こう。ただし、俺のやり方でやらせてもらう」
「感謝します。あなたに従います」
こうしてルークの旅路は再び動き出す。
英雄として。
そして、かつて自分を切り捨てた者たちに――本当の“ざまぁ”を突きつけるために。
* * *
その夜。王都の片隅の酒場で、勇者パーティの元僧侶が小さな声で言った。
「ねえ……あの時、ルークを追放しなければ、今ごろ私たちが……」
「黙れ!」
エドガーが机を叩きつける。
だが彼の顔は蒼白で、心の奥では同じ思いが渦巻いていた。
――彼を追放したのは、俺たち最大の過ちだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます